贖宥状

贖宥状：罪の償いと宗教改革の火種

16世紀、カトリック[[教会]]は財政難から、罪の償いを軽減する証明書である「贖宥状」を発行しました。これは免償符、贖宥符、そして日本では免罪符とも呼ばれ、罪の重さを軽くしたり、罪を免除するという意味合いを持っていました。贖宥状の発行は、当時教皇レオ10世が教会の財政問題を抱えていたことが背景にあります。しかし、この贖宥状の販売は、マルティン・ルターによる激しい批判を招き、やがてヨーロッパを揺るがす宗教改革の大きな要因となるのです。

贖宥状の概念：罪の償いの三段階

カトリック[[教会]]では、洗礼を受けた後に犯した罪は、告白を通して赦されるとされてきました。罪の償いのプロセスは、大きく三段階から成り立っています。まず、犯した罪を深く悔い改める「痛悔」、次に司祭に罪を告白して赦しを得る「告白」、そして最後に罪の重さに相応しい償いを行う「償い」です。この三段階を経て初めて、罪が完全に償われたとされました。古代より、告解の方法は変化してきましたが、「罪の償い」は一般的に重いものでした。

多くの宗教で、救済を得るには善行や功徳を積むべきとする「因果応報」や「積善説」の考え方が存在します。カトリック[[教会]]も、人間の自由意志が救済に重要な役割を果たすという「自由意志説」に基づいた救済観を持っていました。教会活動への金銭的支援を、救済への近道として奨励したのです。

贖宥状販売の歴史：十字軍からサン・ピエトロ大[[聖堂]]建設へ

贖宥状の起源は、イスラーム勢力から聖地を奪還するための十字軍への参加者に、その功績に対して罪の赦免を与えたことに遡ります。参加できない者は寄付によって贖宥を得ることができました。教皇ボニファティウス8世の時代には聖年が制定され、ローマへの巡礼が贖宥の手段となりました。その後、教皇ボニファティウス9世の時代、教会大分裂の中で、ローマへの巡礼が困難な人々にも同様の効果を与えるため、贖宥状が広く発行されました。

様々な名目のもと、贖宥状の販売は頻繁に行われていました。教皇レオ10世はサン・ピエトロ大[[聖堂]]の建設資金調達のため、贖宥状の販売を大々的に行い、購入者に全免償を与えることを布告しました。中世では公益事業のための贖宥状販売は一般的でしたが、レオ10世によるこの贖宥状販売は、宗教改革の引き金となりました。

宗教改革への導火線：アルブレヒトとテッツェル

宗教改革がドイツで特に激しく起こった背景には、贖宥状がドイツで大量に販売された事実があります。この大規模な販売は、マクデブルク大司教とハルバーシュタット司教の地位にあったアルブレヒトの野心から始まりました。アルブレヒトは、政治的に重要なマインツ大[[司教]]位も獲得しようとしました。しかし、司教位は一人一つしか持てないため、ローマ教皇庁から複数司教位保持の許可を得るために多額の献金を必要としたのです。

献金を得るため、アルブレヒトはフッガー家から助言を受け、サン・ピエトロ大[[聖堂]]建設献金の名目で贖宥状の独占販売権を獲得しました。1517年、アルブレヒトは贖宥状販売の指導要綱を発布し、ドミニコ会員のヨハン・テッツェルを販売促進の説教師に任命しました。贖宥状は大量に売れ、人々はテッツェルらの説教に群がりました。

ルターの批判と95ヶ条の論題

しかし、贖宥状の販売は、マルティン・ルターの強い反発を呼びました。ルターは、贖宥状によって罪の償いが軽減されるという考え方が、「人間が善行によって義となる」という考え方と矛盾すると考えました。特に、贖宥状の宣伝文句である「贖宥状の購入によって煉獄の霊魂の罪の償いが行える」という主張に、ルターは強い疑問を抱きました。悔い改めや秘跡の授与を経ずに、金銭だけで罪の償いが軽減されるという考えは、ルターにとって贖宥行為の濫用でした。

この煉獄の霊魂の贖宥については、カトリック[[教会]]内でも議論があり、疑問視する神学者も少なくありませんでした。ルターは、アルブレヒトの指導要綱に贖宥行為の濫用が見られるとして書簡を送付し、1517年 11月1日、ヴィッテンベルク大学の聖堂の扉に95ヶ条の論題を掲示しました。この行動が、宗教改革の始まりとなりました。当初、ルターはこれを純粋に神学的な問題として考えていましたが、諸侯や民衆を巻き込み、やがてヨーロッパ全体を揺るがす大きな宗教改革へと発展していったのです。

対抗宗教改革と贖宥状の終焉

カトリック[[教会]]は、宗教改革の広がりに対抗宗教改革を行い、綱紀粛正を図りました。トリエント公会議の決議により、贖宥状の金銭による売買は禁止されました。しかし、発行自体は禁止されず、その後も発行は続けられました。贖宥状問題は、単なる教会の財政問題だけでなく、宗教観、そして政治的思惑が絡み合った複雑な出来事であり、近代ヨーロッパ史に大きな影響を与えたのです。

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