フュエゴ

ドナルド・バード 『フュエゴ』 (Fuego)

ジャズ界を代表するトランペッター、ドナルド・バードが1959年にレコーディングを行い、翌1960年にブルーノート・レコードから発表したスタジオ・アルバムが『フュエゴ』である。この作品は、彼のキャリアにおいてハード・バップ期の後期にあたり、同時に新たな音楽的探求、すなわちポスト・バップへの歩み出しを捉えた一枚として位置づけられている。

本作のセッションにおいて、バードは興味深い選択をしている。それは、通常のトランペットではなく、ポケット・トランペットを使用した点である。この楽器は通常のトランペットと同じ音域を持つものの、そのコンパクトな形状から独特の音色を生み出す。著名な音楽評論家であるレナード・フェザーは、このポケット・トランペットの音色に注目し、バードの過去の作品である『オフ・トゥ・ザ・レイシス』と聴き比べた結果、そのサウンドを「よりメロウで引き締まった音色」と表現している。この楽器の選択は、アルバム全体のサウンドに繊細かつ個性的な響きを与えている。

アルバム全体の音楽性について、音楽評価サイトAllMusicのレビュアー、マイケル・G・ナストスは、本作に5段階評価で4点を与えている。彼は、バンドの演奏が依然としてハード・バップの堅固な基盤の上に成り立っていることを認めつつも、ドナルド・バード自身が既にポスト・バップの領域へと探求の範囲を広げつつあった状況を指摘している。この評価からもわかるように、『フュエゴ』は単なるハード・バップ作品に留まらず、ジャズが新たな方向へと進化していく過渡期の息吹を感じさせる作品と言えるだろう。

収録されている楽曲は全て、リーダーであるドナルド・バード自身によって作曲されている。彼の作曲家としての才能も光るこれらの楽曲は、アルバムの世界観を統一し、彼の音楽的ヴィジョンを明確に示している。

収録曲は以下の通り。

フュエゴ - "Fuego" (6:38)
バップ・ア・ループ - "Bup a Loup" (4:05)
ファンキー・ママ - "Funky Mama" (10:58)
ロウ・ライフ - "Low Life" (6:02)
ラメント - "Lament" (8:27)
エイメン - "Amen" (4:46)

特に「ファンキー・ママ」は10分を超える大作であり、各プレイヤーのインプロヴィゼーションが存分に発揮される場となっている。

本作を支える参加ミュージシャンもまた、当時のジャズシーンを彩る実力者たちである。リーダーのドナルド・バード（ポケット・トランペット）に加え、アルト・サクソフォーンにはジャッキー・マクリーン、ピアノにはデューク・ピアソン、ベースにはダグ・ワトキンス、そしてドラムスにはレックス・ハンフリーズが名を連ねている。この布陣が、バードの楽曲に見事な生命力を吹き込んでいる。

『フュエゴ』は、ドナルド・バードのキャリアにおける重要な転換点を示す作品であり、ポケット・トランペットの個性的な響き、ハード・バップとポスト・バップが交錯する音楽性、そしてバード自身の卓越した作曲と演奏によって、発表から時を経た現在も多くのジャズファンに愛聴されている。

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