フラクトゥール

フラクトゥール：ドイツの伝統と政治的影

フラクトゥールは、ドイツ文字、亀の子文字、あるいは亀甲文字、ひげ文字などとも呼ばれる独特の書体です。その起源は中世ヨーロッパの写本やカリグラフィーに遡り、ゴシック様式の活字体であるブラックレターの一種として知られています。しばしばブラックレター全般を指して「フラクトゥール」と呼ばれることもあります。

語源はラテン語の「frangere（壊す）」に由来し、その線の崩れた形状が、アンティカ体などの他の書体と明確に区別されています。特徴的な点は、大文字のIとJの視覚的な差異がほとんどないこと、語尾以外ではfに似た「長いs（ſ）」を使用すること、ß（エス・ツェット）やchなどの合字の使用、ウムラウトの表記方法などです。ハイフンも独特の形状をしています。

フラクトゥールの歴史と変遷

フラクトゥールの歴史は、神聖ローマ帝国のマクシミリアン1世の治世（1493年-1519年）にまで遡ります。皇帝の出版事業のためにデザインされたこの書体は、瞬く間に人気を博し、それまでのシュヴァーバッハー体やテクストゥアリスといった書体を主流から追いやるほどになりました。その後、様々なバリエーションが誕生し、ドイツ語圏で広く普及しました。

一方、他のヨーロッパ諸国では16世紀頃までにブラックレターは衰え、イタリアで発展したアンティカ体（ローマン体）に取って代わられました。北欧諸国でも19世紀にはアンティカ体の使用が拡大しました。しかし、ドイツ語圏では19世紀に入ってもフラクトゥールが主流の印刷書体として使用され続け、「Normalfraktur」と呼ばれる標準的な書体が確立されました。

ただし、ドイツにおいても全ての文章がフラクトゥールで印刷されていたわけではありません。バロック時代には、科学技術関連の文献はアンティカ体、詩はフラクトゥールで書かれる傾向がありました。18～19世紀には、フラクトゥールが一般書体、アンティカ体が国際的・教養的・科学的な文脈で使用される傾向が強まりました。この時代には、「アンティカ・フラクトゥール論争」と呼ばれる議論が活発に行われ、フラクトゥールの擁護論とアンティカ体の支持論が激しく対立しました。

ナチス政権とフラクトゥール

20世紀に入ると、ナチス・ドイツはフラクトゥールをドイツ語の正式な書体と位置づけ、アンティカ体を排斥しました。これは、ドイツを他の西欧諸国と差別化し、民族主義的なアイデンティティを強調する政策の一環として捉えられます。1930年代半ばには、出版物の6割近くがフラクトゥールを使用するようになりました。しかし、1940年代に入ると、ナチス政権はプロパガンダ目的でアンティカ体を使用するようになり、1941年には政府機関でのフラクトゥールの使用が公式に禁止されました。この背景には、占領地域での命令伝達上の問題や、接収した活字・印刷機の利用効率の向上などが考えられます。

戦後と現代のフラクトゥール

戦後、フラクトゥールは一時的に復活しましたが、ナチス政権との関連から次第に廃れていきました。現代のドイツでは、装飾的な書体として限定的に使用されるにとどまり、新聞記事や書籍などの本文ではほとんど見られません。パブなどの看板や、数学分野での記号として用いられる程度です。

フラクトゥールのバリエーションとUnicode

フラクトゥールには、「Walbaum-Fraktur」、「Humboldtfraktur」など、様々なバリエーションが存在します。Unicodeでは、数学記号としてフラクトゥールが収録されていますが、通常の文章で使用することを意図したものではありません。代表的なフラクトゥールフォントとしては、Breitkopf Fraktur、Google FontsのUnifrakturMaguntia、UnifrakturCookなどがあります。

まとめ

フラクトゥールは、ドイツの歴史と文化を反映する独特の書体です。その歴史的背景や政治的利用、現代における使用状況を知ることで、ドイツ文化の一側面を深く理解することができるでしょう。

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