フランク・ナイト

フランク・H・ナイト：シカゴ学派の巨人、不確実性と自由主義の探求者

フランク・ハインマン・ナイト（1885年-1972年）は、20世紀前半のアメリカ経済学界を代表する経済学者の一人です。ジェイコブ・ヴァイナーとともにシカゴ学派の礎を築いた第一世代に属し、1950年にはアメリカ経済学会会長を務めました。ミシガン大学、テネシー大学を経てコーネル大学で学位を取得後、コーネル大学、シカゴ大学、アイオワ大学で教鞭をとり、1928年にシカゴ大学教授に就任しました。

ナイトの経済学における最大の功績は、不確実性に関する独創的な理論です。彼の代表作である『リスク、不確実性、利潤』（Risk, Uncertainty, and Profit）において、彼は「リスク」と「不確実性」を明確に区別しました。リスクは確率的に予測可能な事象、例えばサイコロの出目といったものです。一方、不確実性は確率で予測できない事象であり、例えば企業経営における市場の変動などが該当します。この「ナイトの不確実性」という概念は、経済学、特に経営経済学に大きな影響を与えました。

ナイトは不確実性を、①先験的確率（数学的確率）、②統計的確率（経験的確率）、③推定（確率の算出が不可能な状況）の3つに分類しました。特に、企業の意思決定は、先験的確率や統計的確率では予測不可能な「推定」の領域に属すると主張しました。企業経営における不確実性こそが、経営者の役割であり、その対価として利潤が生まれるという理論です。これは、完全競争市場においても不確実性が完全に排除されないことを意味し、市場経済のダイナミックな側面を強調するものです。

ナイトは、アルフレッド・マーシャルの経済学を継承し、道徳哲学に基づいた自由主義と自由企業制度の擁護者でした。社会進歩を重視し、政府による政策介入のある程度の必要性を認める点で、後にシカゴ学派の第二世代と呼ばれるミルトン・フリードマン、ジョージ・スティグラー、ロナルド・コースらとは微妙な違いがありました。フリードマンらは自由競争への絶対的な信頼を置いていたのに対し、ナイトはより現実的な視点から、政府の役割を肯定的に捉えていたのです。

ナイトの人物像は、彼の弟子であったジョージ・スティグラーの証言からも伺えます。スティグラーは、ナイトの授業は独特で、時に熱狂的で、時に混乱を極めたと語っています。授業中に「この理論が分からない者は経済学部を辞めろ！」と叫んだ後、10分後には「自分も2年前に理解できたばかりだ」と呟いた逸話など、彼の奔放で情熱的な性格がうかがえます。しかし、そのような個性的なスタイルにも関わらず、学生や同僚から深い尊敬を集めていたのは、彼の真実を追求する揺るぎない姿勢によると考えられます。

ナイトは、広島と長崎への原子爆弾投下を人類史上最悪の罪と糾弾し、原爆で両親を亡くした少女を養女として引き取ったという一面も持ち合わせていました。また、モンペルラン・ソサイエティにおけるミルトン・フリードマンやジョージ・スティグラーらの行き過ぎた行動に対しては、彼らを厳しく批判し、自身の教え子としての関係を断絶するほどの決断も示しました。彼の行動からは、強い正義感と倫理観が感じられます。

ナイトの著作は、日本語にも翻訳されています。『危険・不確実性および利潤』は彼の代表作であり、経済学における不確実性概念の基礎を築いた重要な著作として高く評価されています。その他、『競争の倫理』や『フランク・ナイト社会哲学を語る』など、彼の多様な思想に触れることができる書籍が出版されています。彼の業績は、現代経済学、特に不確実性や企業行動に関する研究に多大な影響を与え続けています。ナイトの生涯と業績は、自由主義経済と社会正義への揺るぎない信念、そして不確実性という複雑な概念への洞察に満ちた、20世紀経済学史における重要な一章と言えるでしょう。

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