フランク・ブリッジの主題による変奏曲

フランク・ブリッジの主題による変奏曲 作品10

この作品は、20世紀を代表するイギリスの作曲家、ベンジャミン・ブリテン（1913-1976）によって書かれた弦楽合奏のための楽曲です。正式名称は『フランク・ブリッジの主題による変奏曲』（Variations on a Theme of Frank Bridge ）作品10。若き日のブリテンがその名声を確立する上で重要な役割を果たした、初期の代表作として知られています。

作曲の背景

本作が捧げられたフランク・ブリッジ（1879-1941）は、ブリテンの音楽的な師であり、その類稀なる才能をいち早く見出し、世に送り出す上で決定的な影響を与えた存在でした。二人の出会いは、ブリテンがまだ10歳であった頃に遡ります。ヴィオラの稽古に励みながら作曲の模倣を始めていた時期に、偶然聴いたブリッジの管弦楽作品『海』に深い感銘を受けたことが、師弟関係の始まりとなりました。そのコンサートの後、ブリテンはブリッジと直接会う機会を得ましたが、実際に作曲の手ほどきを受けるようになったのは、それから3年後のことでした。特に1928年1月からは、本格的な指導が開始され、ブリテンはブリッジから作曲の基礎だけでなく、音楽家としての心構えなど、多くのことを学びました。本作は1937年の6月から7月にかけて集中的に作曲されましたが、その創作の根底には、偉大な師への深い感謝と、惜しみない賞賛の念が込められています。

初演

作品の初演は1938年8月25日、オランダのヒルフェルスム放送で行われました。当時のボイド・ニール（1896-1975）と彼が率いるボイド・ニール合奏団は、バロック音楽の復興や同時代の弦楽作品の演奏に意欲的に取り組んでおり、その卓越した演奏によってこの作品は初めて聴衆に届けられました。さらにそのわずか二日後の8月27日には、オーストリアのザルツブルク音楽祭において、同じ演奏家たちによってコンサート形式での初演が実現しています。このザルツブルクでの成功が、ブリテンの国際的な名声を高めるきっかけとなりました。

楽曲構成

楽曲は、まず静かな序奏で始まり、続いて変奏の基となる主題が提示されます。その後、それぞれにタイトルが付けられた10のセクションが続きます。これらは9つの独立した変奏と、終曲を兼ねたフーガおよびフィナーレで構成されています。変奏の基となる主題には、師ブリッジが作曲した『弦楽四重奏のための3つの牧歌』の中から、特に第2曲が選ばれました。

各変奏には以下のタイトルが付されています。

序奏と主題
第1変奏 アダージョ
第2変奏 行進曲 (March)
第3変奏 ロマンス (Romance)
第4変奏 イタリア風アリア (Aria Italiana)
第5変奏 古典的なブーレ (Bourrée Classique)
第6変奏 ウィンナ・ワルツ (Wiener Waltz)
第7変奏 無窮動 (Moto Perpetuo)
第8変奏 葬送行進曲 (Funeral March)
第9変奏 聖歌 (Chant)
* フーガとフィナーレ (Fugue and Finale)

全曲の演奏時間は約26分程度です。

音楽的な特徴

個々の変奏を見ていくと、まるで紙芝居をめくるかのように、実に多様な音楽スタイルが次々と提示され、瞬く間に移り変わっていきます。アダージョの静寂、行進曲のリズム、ロマンスの抒情、イタリア風アリアの歌謡性、古典的なブーレの舞曲調、ウィンナ・ワルツの優雅さ、無窮動の躍動感、葬送行進曲の重々しさ、そして聖歌の厳かさなど、それぞれのタイトルが示す通り、変化に富んだ表情を見せます。どの変奏も弦楽器の特性を巧みに生かした、短くも印象的な音の連なりとなっており、全編を通じて軽快さと機知に富んだ響きが特徴です。後に左手ピアノと管弦楽のために書かれる『ディヴァージョンズ』などにも見られるように、ブリテンは複数の楽章や短いセクションを連続させる『連作組曲』のような形式を得意としていました。本作もまた、そうしたブリテンならではの作曲スタイルが存分に発揮された一例と言えるでしょう。

余談ですが、この作品の第8変奏『葬送行進曲』は、1986年のフランス映画『汚れた血』（Mauvais Sang）で使用されたことでも知られています。

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