フランシスコ・モヒカ

フランシスコ・マルティネス・モヒカ

人物と経歴

フランシスコ・フアン・マルティネス・モヒカ（Francisco Juan Martínez Mojica）は、1963年 10月5日にスペインのバレンシア州アリカンテ県エルチェで生まれました。スペインを代表する微生物学者であり、特にその研究は、現代の生物科学に革命をもたらしたゲノム編集技術の発展に不可欠な基盤を築いたことで世界的に知られています。

彼はバレンシア大学で生物学を学び、1986年に卒業。その後、アリカンテ大学の大学院に進み、生化学の分野で研究を深めました。1993年には同大学から生化学の博士号を取得しています。博士課程修了後は、研究者としての視野を広げるため、アメリカ合衆国のユタ大学やイギリスのオックスフォード大学で博士研究員（ポストドクター）として研鑽を積みました。これらの国際的な環境での経験は、その後の独創的な研究活動に大きな影響を与えたと考えられます。1997年からは、母校であるアリカンテ大学に戻り、教授として教育・研究活動に従事しています。

画期的な発見に至る研究

モヒカの最も重要な業績は、微生物が持つCRISPR（Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats）システムの基本的な機能、すなわち微生物の獲得免疫としての働きを発見したことにあります。

彼のCRISPRに関する研究は、大学院生時代の1989年に始まりました。彼は、塩分の多い環境に生息する古細菌の一種であるハロフェラックス・メディテラネイ（Haloferax mediterranei）の遺伝子構造を詳細に解析していました。その過程で、彼は特定の遺伝子領域に、約30塩基対からなる短いDNA配列が繰り返し現れ、その間に異なる配列が一定の間隔で挟まっているという、特異な構造が存在することを見出しました。この構造は、それまでの遺伝学の常識から外れたものでした。

モヒカはこの発見に強い関心を抱き、さらに他の微生物についても調査を進めました。その結果、結核菌（Mycobacterium tuberculosis）やペスト菌（Yersinia pestis）といった、進化的にハロフェラックス・メディテネとは大きく異なる細菌を含む、およそ20種類もの細菌にも同様の反復配列クラスターが存在することを確認したのです。古細菌と細菌は、生命進化の非常に早い段階である約20億年前に分岐したと考えられています。このように、遠く隔たった系統の微生物に共通して見られる構造であることから、モヒカは、この反復クラスターが単なる偶然の産物ではなく、微生物の生存や適応にとって極めて重要な、普遍的な機能を持つに違いないと強く推測しました。

この構造の機能を探求するさらなる研究の中で、モヒカは決定的な事実にたどり着きました。それは、反復配列の間に挟まれた「スペーサー」と呼ばれる領域の配列が、微生物に感染するウイルス、バクテリオファージの持つ遺伝子配列と一致するという驚くべき発見でした。彼はこの観察から、微生物が過去に感染したウイルスの遺伝子断片を取り込み、それをこの反復クラスターのスペーサーとして保存しているのだという画期的な仮説を立てました。そして、この保存されたウイルスの遺伝情報が、次に同じウイルスが侵入してきた際に、それを認識して排除するための「記憶」あるいは「免疫」として機能していることを実験的に突き止めたのです。これは、高等生物が持つ獲得免疫とは仕組みは異なりますが、侵入した異物（ウイルス）の情報を記憶し、次回以降の感染を防ぐという点で、微生物における獲得免疫システムと呼べる画期的な発見でした。

自身の発見したこのユニークな遺伝子構造について、その特徴である「規則的に（Regularly）、短い（Short）回文配列（Palindromic Repeat）が一定間隔（Interspaced）でクラスター状に（Clustered）存在する」という性質を正確に表すため、2001年に「CRISPR」と命名しました。

モヒカによるCRISPRシステムの発見とその機能解明は、微生物の防御機構に関する理解を大きく進めただけでなく、その後の科学者たちによって、このシステムが持つDNAを切断・改変する能力を利用した、ゲノム編集という全く新しい技術の開発へと繋がりました。特に、CRISPR関連タンパク質であるCas9と組み合わせたCRISPR-Cas9システムは、生物のゲノムを狙った場所で自在に編集することを可能にし、基礎研究から医療、農業に至るまで、生命科学のあらゆる分野に革命をもたらしています。

受賞と評価

CRISPRの基本的なメカニズムという、ゲノム編集技術のまさに「種」となる発見をしたモヒカの功績は、その後の科学の発展に計り知れない影響を与えました。彼は、この画期的な発見がゲノム編集技術へと結実していく過程で、その基礎を築いた研究者の一人として高く評価されています。2017年には、医学分野で顕著な功績を挙げた研究者に贈られる権威ある賞である、オールバニ・メディカルセンター賞を受賞するなど、世界中の多くの学術賞や栄誉に輝いています。

フランシスコ・マルティネス・モヒカの研究は、微生物という極めて小さな生命体の中に隠されていた驚くべきシステムを明らかにし、それがやがて人類が生命の設計図を書き換えることを可能にする技術へと発展する、科学史上の重要な転換点となりました。彼の好奇心と粘り強い探求心が、今日の生物学研究や医学の発展に不可欠な貢献を果たしたと言えるでしょう。

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