ペスト菌

ペスト菌：歴史的疫病と現代医学

ペスト菌(Yersinia pestis)は、グラム陰性の通性嫌気性桿菌で、安全ピンを思わせる形状が特徴です。腸内細菌科に属し、ペストという人類史上最も致死的な感染症を引き起こす原因菌として知られています。14世紀には、ヨーロッパ人口の約3分の1を死滅させるほどのパンデミックを引き起こしました。

ペスト菌の発見と分類

1894年、アレクサンドル・イェルサンと北里柴三郎、青山胤通らによって、ほぼ同時期に香港でペスト菌が発見されました。イェルサンはペスト菌とペストの関連性を最初に解明し、当初はパスツールにちなんで命名されていましたが、後にイェルサンの名を冠したYersinia pestisに改名されました。ペスト菌は仮性結核菌と近縁であり、プラスミドの有無が主な違いです。医学的危険性から別種として扱われています。

ペスト菌の生物型と歴史的流行

ペスト菌にはAntiqua、Medievalis、Orientalisの3つの主要な生物型が存在します。それぞれが、歴史上のペスト大流行を引き起こしました。Antiquaは6世紀の東ローマ帝国での大流行、Medievalisは14世紀のヨーロッパでの黒死病、Orientalisは19世紀後半の大清帝国での大流行、そして現代におけるペストの大部分を占めます。

ペスト菌の病原性と免疫

ペスト菌の病原性は、F1抗原とV抗原という2つの抗食細胞性抗原によって発現します。これらの抗原は37℃で生成され、単球などの白血球内で生存し、抗原を産生することで感染を拡大します。一方で、好中球内では生き残れません。免疫系は、F1抗原とV抗原に対する抗体を産生し、好中球による食作用を促進します。

以前はホルマリン不活性化ワクチンが使用されていましたが、活性菌が残存する危険性から回収されました。効果も弱く、重度の炎症を引き起こす可能性もありました。現在、遺伝子工学を用いたワクチンの開発が試みられていますが、F1抗原やV抗原の特性により、開発は困難を極めています。

ペスト菌のゲノム

MedievalisとOrientalisのゲノム配列は、それぞれKIM株とCO92株を用いて解読されました。Antiquaのゲノムも解読され、それぞれのゲノムサイズは460万塩基対前後です。ペスト菌は、仮性結核菌など他のエルシニア属細菌と同様にプラスミドpCD1を持ち、さらにpPCP1とpMT1というペスト菌特有のプラスミドも保有しています。これらのプラスミドとHPIと呼ばれる病原性島は、ペスト菌の毒性発現に重要な役割を果たしています。

2011年の研究では、ロンドンの黒死病患者の遺骨からペスト菌のゲノムが解析され、14世紀と現代のペスト菌ゲノムはほとんど変化していないことが判明しました。これは、ペスト菌の系統が単一で、線形的進化を示すためと考えられています。

ペスト菌の感染性と治療

ペスト菌に対する初期の治療には、ストレプトマイシン、クロラムフェニコール、テトラサイクリン、フルオロキノロンなどが用いられてきました。ドキシサイクリンやゲンタマイシンも有効です。しかし、抗生物質耐性菌も出現しており、治療には薬剤感受性試験が必須です。抗生物質治療だけでは効果不十分な場合もあり、循環補助、呼吸補助、腎補助などの措置が必要となることもあります。

まとめ

ペスト菌は、歴史的に甚大な被害をもたらした病原体です。そのゲノム解析や抗生物質耐性の出現など、最新の知見に基づく理解が、感染症対策において重要です。今後の研究により、より効果的な予防法や治療法の開発が期待されます。

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