フランス国立行政学院

国立行政学院（ENA）：フランスのエリート官僚養成と改革

国立行政学院（École nationale d'administration、ENA）、通称エナは、フランスの高等官僚養成機関として知られていました。1945年、シャルル・ド・ゴール政権下で設立されたENAは、フランス社会、特に政官財界に大きな影響力を持つグランゼコール（高等教育機関）の一つでした。

ENAの役割と影響力

ENAは、高度な行政能力を持つエリート官僚を育成する役割を担っていました。卒業生であるエナルク（Enarque）は、政府の中枢や主要企業の幹部ポストに多数進出し、「エナ帝国」と呼ばれるほど強い影響力を持っていました。フランス大統領の多くもENA出身者であり、その人脈は政官財界に広がっていました。

ENAの設立背景には、20世紀前半のフランスにおける特権階級のコーポラティズムやネポティズム（縁故主義）がありました。ENAは、こうした閉鎖的な体制を打破し、実力主義に基づいた官僚制度を構築することを目指して設立されましたが、皮肉にもエリート主義を助長する結果となり、国民からの批判を招くことになります。

ENAの教育課程は、行政学、経済学、法学など幅広い分野を網羅しており、高度な専門知識と分析能力を養成することに重点が置かれていました。入学試験は非常に難関であり、合格者の多くは、パリ政治学院などの他のグランゼコールを卒業した優秀な学生でした。そのため、ENA出身者の多くは、裕福な家庭出身者であるという批判も存在しました。

黄色いベスト運動と改革

2018年秋からの「黄色いベスト運動」では、社会の格差やエリート主義に対する国民の不満が爆発しました。この運動を受けて、ENA出身者であるエマニュエル・マクロン大統領は、ENAの廃止を決定。2019年4月に廃止方針を表明し、2022年1月、ENAは他のグランゼコールと共に新設の「国立公務学院」（Institut national du service public、INSP）に統合されました。

ENAの廃止は、フランス社会における大きな転換点となりました。これは、単なる学校の廃止ではなく、フランスの官僚制度やエリート主義に対する根本的な改革を象徴する出来事でした。改革の一環として、グランゼコールを目指す学生用の準備クラスに低所得世帯の成績優秀者枠を設けるなど、社会の多様性を重視した取り組みも開始されています。

著名な出身者

ENAは、数多くの著名な人物を輩出しました。フランス大統領、首相、閣僚はもちろんのこと、国際機関の幹部や大企業の経営者など、フランス社会のあらゆる分野でENA出身者が活躍しています。いくつかの例を以下に挙げます。

大統領: ヴァレリー・ジスカール・デスタン、ジャック・シラク、フランソワ・オランド、エマニュエル・マクロン

首相: リオネル・ジョスパン、アラン・ジュペ、エドゥアール・バラデュール、ミシェル・ロカール、ローラン・ファビウス、ドミニク・ドビルパン、エドゥアール・フィリップ、ジャン・カステックス

その他、ジャック・アタリ、エリザベート・ギグー、ジャン＝ベルナール・レイモンなど、経済、外交、司法など様々な分野で活躍した人物が名を連ねています。日本からも、財務省、経済産業省、外務省、警察庁などから多くの官僚がENAに留学していました。

ENAの遺産

ENAは、その存続期間中、フランスの行政システムに大きな影響を与え、多くの優秀な人材を育成しました。しかし、そのエリート主義的な側面も批判の対象となってきました。ENAの廃止とINSPへの統合は、フランス社会の変革の一端を示しており、その影響は今後さらに顕著になっていくと予想されます。ENAの遺産は、フランス行政システムの歴史における重要な一章として記憶され続けるでしょう。

今後の展望

ENAの廃止によって、フランスの行政システムはどのように変化していくのか、今後の動向が注目されます。INSPがENAの欠点を克服し、より開かれた、多様性に富んだ官僚制度を築くことができるのか、その成功にかかる期待は大きいです。また、社会経済的背景に関わらず、能力のある人材が登用されるような仕組みづくりが、真の改革の成功に不可欠でしょう。

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