フランセス・ブランドン

レディ・フランセス・ブランドン：激動の時代を生きた王族の母

レディ・フランセス・ブランドン（1517年7月16日 - 1559年11月20日）は、16世紀イングランドの貴族女性で、結婚後はフランセス・グレイとして知られています。イングランド王ヘンリー8世の妹メアリー王女と、初代サフォーク公爵チャールズ・ブランドンの長女として、王室に非常に近い血筋を持っていました。そのため、王位継承権者の一人として数えられ、その生涯は激動の歴史に翻弄されることになります。

王位継承権と娘ジェーンの悲劇

フランセスは、娘のジェーン・グレイを王位に就けようとする陰謀に深く関与しました。しかし、メアリー1世によってこの計画は阻止され、ジェーンは処刑されるという悲劇的な結末を迎えます。この事件は、後世においてジェーンを政争の犠牲者として美化する一方で、フランセスを冷酷で権勢欲の強い母親として描く風潮を生み出しました。しかし、これは事実とは異なる見方であり、フランセスは実際には寛容で親しみやすい人物であったと考えられています。

生涯

幼少期

フランセスは、ハットフィールドで生まれました。母メアリー王女は、ウォルシンガムの聖母礼拝堂に向かう途中で予期せぬ陣痛が始まり、司教の好意で家を借りてフランセスを出産しました。フランセスという名前は、両親がフランス王フランソワ1世への感謝と、アッシジのフランチェスコの列聖日にちなんで付けた珍しいものでした。洗礼式では、王妃キャサリン・オブ・アラゴンとメアリー王女が代母を務め、テューダー家とフランス王家の紋章で飾られた教会は、彼女が王室の血を引く特別な存在であることを示しました。

フランセスは、兄妹や異母姉妹と共に、サフォーク州の両親の屋敷で育ちました。父チャールズは、2人の未成年の令嬢を引き取って養育し、フランセスは彼女たちと共に成長しました。また、弟ヘンリーがリンカーン伯爵に叙爵された際には、彼が王位に就く可能性も囁かれ、フランセスは王の最年長の姉として大きな影響力を持つ可能性がありました。父チャールズは、子供たちの嫡出子認定を得るために、3度目の結婚が有効であることを証明しようとしました。1528年、教皇庁は子供たちが正式に嫡出子であると宣言し、フランセスの王位継承権は守られました。

結婚生活

1530年、フランセスはノーフォーク公爵の嗣子との縁談が持ち上がりましたが、持参金の問題で破談となりました。その後、1532年に第3代ドーセット侯爵ヘンリー・グレイと婚約しました。ドーセット侯は別の女性と婚約中でしたが、フランセスが王の姪であることから、より良い条件であると判断されたのです。1533年、フランセスとドーセット侯は結婚し、ほぼ同じ頃、妹のエリナーもカンバーランド伯爵と婚約しました。フランセスの結婚式は、母メアリー王女にとって公の場に出る最後の機会となり、式後すぐに亡くなりました。

フランセスとヘンリー・グレイは、宮廷と領地を行き来する生活を送りました。同時代人は、フランセスを夫よりも「高貴な生まれの婦人」とし、「激しい気性から、その気になれば容易に夫を従わせられるだろう」と評しました。グレイ夫妻は浪費家でしたが、その気前の良さから人々に好かれていました。夫妻には、最初の2人の子供が乳児期に亡くなり、その後、ジェーン、キャサリン、メアリーという3人の娘が生まれました。1545年には、父チャールズが亡くなり、その称号と財産は異母弟が相続しました。フランセスと夫の関係は、必ずしも良好とは言えず、夫がプロテスタント陣営に与する一方で、フランセスはカトリック信徒の従姉メアリー女王と親交を深めました。フランセスが1545年の出産を最後に妊娠しなかったことが、夫妻の不仲を示唆するという見方もありますが、1552年にはフランセスが重病になった際、夫は駆けつけています。

サフォーク公爵夫人として

フランセスは、後世で長女ジェーンを美化する人々によって冷酷な女性として描かれてきましたが、生前は尊敬を集める婦人でした。彼女は、親を失った子供たちを一時的に引き取って養育するなど、寛容な一面を持っていました。王の姪として、宮廷の儀式で重要な役割を果たし、王妃の女官も務めました。1551年、異母弟たちが相次いで亡くなると、サフォーク公爵の称号は一時的に王室に返上されました。その後、フランセスの夫ヘンリー・グレイが、妻の権利によって初代サフォーク公爵に叙せられました。しかし、異母姉がフランセスと妹エリナーを婚外子だと主張して遺産を狙い、訴訟に発展しました。裁判所はフランセスと同母妹を正当な相続人と認めました。

娘たちの教育

フランセスは、娘たちの名前をイングランド中に知らしめる必要性を感じていました。長女ジェーンは、プロテスタント信徒として育ち、新王エドワード6世の妃の候補と見なされていました。グレイ夫妻は、娘たちに高度な教育を受けさせ、ジェーンを将来的に王妃にしたいというシーモア卿の申し出を受け入れました。しかし、シーモア卿の影響力が弱まると、フランセスはジェーンを自宅に連れ戻しました。夫ヘンリー・グレイは信心深く、王室の家庭教師はグレイ一家を称賛しました。ジェーンは両親の厳しい躾に反発し、フランセスは従順な妻と母としての役割を自覚するよう娘に義務付けました。

女王の母として

ジェーンは、サマセット公爵の嫡男との縁談が破談になった後、ノーサンバランド公爵の四男ギルフォード・ダドリー卿と結婚しました。フランセスは娘の結婚を良い結果にはならないと見ていましたが、止めることはできませんでした。ジェーンの婚礼の際、フランセスが娘を力ずくで祭壇に引っ張っていったという説がありますが、これは改変された情報に基づいた俗説です。実際には、両親は娘に結婚を説得しただけであり、テューダー朝時代には親が子供の結婚相手を決めるのが一般的でした。ジェーンが結婚後、姑と衝突して実家に戻ったことで、フランセスとノーサンバランド公爵夫人の間に緊張が生じました。フランセスは、ジェーンが女王になることを知り、娘を支えるためにロンドン塔に入城しました。しかし、国民の多くがメアリー王女を支持したため、ジェーンの女王としての在位はわずか9日間で終わりました。フランセスは、メアリー王女に手紙を送り、女王として認める意思を示しました。

宮廷での復権

ジェーンの政権崩壊後、メアリー1世はフランセスに赦しを与えましたが、ジェーンと夫ギルフォードは投獄されました。ヘンリー・グレイも逮捕され、フランセスは必死に家族の助命を嘆願しました。ヘンリー・グレイは釈放されましたが、後に反乱に加担したことで処刑されました。ジェーンも父と共に処刑され、フランセスは唯一、メアリー女王に謁見を許され、恩赦を得ました。フランセスは、夫の財産を失いましたが、2人の娘と共に宮廷への復帰を許されました。フランセスは、カトリックを奉じながらも、プロテスタントの活動にも協力していたとされています。

2度目の結婚生活

フランセスは、デヴォン伯との結婚を避けるために、使用人のエイドリアン・ストークスと再婚しました。当時の人々は、王族の血を引くフランセスが、身分の低い男と結婚したことに驚きました。しかし、歴史家たちは、フランセスが慎重に結婚相手を選んだと見ています。ストークスとの結婚生活は愛情にあふれていたようで、フランセスは後に遺言執行者にストークスを指名しています。

晩年

ストークスとの再婚後、フランセスは宮廷から離れて暮らしました。次女キャサリンは宮廷に仕えましたが、三女メアリーは母に引き取られました。フランセスは何度か妊娠しましたが、子供たちはすぐに亡くなりました。1558年にエリザベス女王が即位すると、次女キャサリンが王位継承者候補と見なされましたが、エリザベスは彼女を宮廷から追放しました。フランセスは、娘の結婚を女王に許してもらおうとしましたが、病に倒れ、1559年11月20日に亡くなりました。彼女の葬儀費用はエリザベス女王が負担し、ウェストミンスター寺院に埋葬されました。

薄情な母親という神話

フランセスは、テューダー朝時代の女性の中で、最も中傷された一人です。娘ジェーンが美化される一方で、フランセスは残酷で粗暴な母親として描かれ、娘に結婚を強要したなどという事実無根の非難を受けました。しかし、実際には、フランセスがジェーンを虐待したという証拠はなく、むしろ、ジェーンは母を信頼し、頼っていたと考えられます。フランセスが夫の助命を嘆願した一方で、娘の助命を嘆願しなかったという非難も、事実に基づかないものです。フランセスの再婚は、夫の死から1年ほど経ってからであり、ストークスとの間に大きな年齢差があったというのも誤りです。フランセスの墓碑に娘たちの名前が刻まれていないのは、娘たちが当時問題を起こしていたため、ストークスがエリザベス女王への配慮からそうしたと考えるのが妥当です。

肖像画

フランセスを描いたと確認できる肖像画は現存していません。かつてフランセスを描いたとされた肖像画は、後にデイカー卿夫人とその息子を描いたものだと判明しました。肖像画の誤認は、フランセスを残酷で多情な女性であるというイメージを増幅させました。また、専門家の間で、フランセスの肖像画として議論されているものもありますが、確証には至っていません。

子女

最初の夫ヘンリー・グレイとの間に、ヘンリー・グレイ（夭折）、娘（夭折）、ジェーン・グレイ、キャサリン・グレイ、メアリー・グレイをもうけました。2番目の夫エイドリアン・ストークスとの間に、エリザベス・ストークス（夭折）をもうけました。

脚注

外部リンク

The Death and Burial of Frances, Duchess of Suffolk
Lady Jane Grey, the Abused Child?
* Tudorhistory.org: Karen Hearn: Dynasties: Painting in Tudor and Jacobean England 1530-1630

もう一度検索