フリードリヒ・クリュザンダー

カール・フランツ・フリードリヒ・クリュザンダー（1826年7月8日 - 1901年9月3日）は、19世紀ドイツを代表する音楽史家であり、優れた出版者でした。彼はその精緻な楽譜校訂と広範な出版活動を通じて、当時の音楽学の発展に多大な貢献をし、その先駆者と評価されています。

現在のメクレンブルク＝フォアポンメルン州にあたる、リュプテーンに粉屋の息子として生まれたクリュザンダーは、当初、ロストック大学で人文学などを学びました。1853年に博士号を取得しましたが、その後、彼の情熱は音楽、特にその歴史と楽譜の学術的研究へと向けられました。この転換が、彼の後の輝かしいキャリアの出発点となります。

クリュザンダーの業績として特に注目すべき一つに、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの壮大な作品である『ミサ曲 ロ短調』の手稿譜の再発見があります。彼はこの貴重な楽譜を発見し入手しましたが、個人的な利益を追求することなく、入手にかかった費用と同額でベルリンの王立図書館（現在のベルリン国立図書館）へ譲渡しました。この行動は、彼の学術研究への貢献を重視する姿勢と、貴重な資料を公共のために役立てようとする高潔さを示すものとして特筆されます。

クリュザンダーの音楽史家としての主要な仕事は、作曲家たちの作品を学術的に校訂し、全集として出版することでした。彼の活動の中心を占めたのは、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルの作品全集の編纂です。ドイツ・ヘンデル協会によるこの大規模な出版企画（1858年-1902年）において、クリュザンダーはほぼ全ての巻を手がけました。当初、第1巻は別の人物（ユリウス・リーツ）が担当しましたが、クリュザンダーはその編集方針に強い不満を抱き、自らが中心となって事業を進めることとなりました。後にはマックス・ザイフェルトといった助手も加わりましたが、このプロジェクトはクリュザンダーの並外れた努力によって推進されました。

ヘンデル全集の出版は、並大抵の事業ではありませんでした。出版企画の途中で出版社が撤退するという困難に直面したクリュザンダーは、なんと自宅に彫版印刷設備を整え、以降の巻を自らの手で印刷・出版するという前代未聞の方法で事業を継続しました。この出版活動を支えるため、彼は自宅の庭で野菜や果物を育てて販売し、副収入を得ていたという逸話も残されています。これは、彼のヘンデル作品への深い情熱と、全集完成に向けた強い意志を示すものです。

クリュザンダーによって編纂されたヘンデル全集は、100巻を超える膨大な規模となり、当時の音楽学界における記念碑的な偉業と見なされました。しかし、後世の研究者からは、その編集方針や正確性について様々な議論が提起されることになります。一部の研究者は、この全集を「決して完全ではなく、信頼できるものでもない」と批判したり、クリュザンダーが「元の複雑な作品から題材を恣意的に抽出し、その方法の説明がない」と指摘したりしました。これらの批判にもかかわらず、19世紀後半という時代において、これほど大規模かつ包括的な作曲家作品の出版を行ったこと自体が、その後の学術的な楽譜出版の基礎を築いた功績として高く評価されています。

ヘンデル作品に加えて、クリュザンダーは他の重要な作曲家たちの作品集も手がけています。例えば、著名な作曲家ヨハネス・ブラームスと協力してフランソワ・クープランのクラヴサン曲全集（1871年-1888年）を、また、ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムと共にアルカンジェロ・コレッリの作品集（1888年-1891年）を編纂・出版しました。これらの活動もまた、当時の音楽研究における重要なマイルストーンと言えます。

カール・フランツ・フリードリヒ・クリュザンダーは、その生涯を音楽研究、特に楽譜の学術的な校訂と出版に捧げました。彼の精力的な活動は、19世紀後半の音楽学に確固たる基盤を与え、後の世代の研究者たちに大きな影響を与えました。ヘンデル全集を中心とする彼の業績は、批判的な検討を受けつつも、近代的な音楽学の発展に不可欠な貢献として、今日でもその価値が認められています。

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