フレディ・ビュアシュへの手紙

『フレディ・ビュアシュへの手紙』：ゴダールが映し出したローザンヌの記憶

ジャン＝リュック・ゴダール監督による1981年製作の短編映画『フレディ・ビュアシュへの手紙』（仏語タイトル：Lettre à Freddy Buache）は、スイスのローザンヌ市制500周年を記念して制作された12分の作品です。単なる記念映画に留まらず、ゴダールの創作活動、そして彼を取り巻く人間関係、場所への想いが複雑に絡み合った、奥深い内容となっています。

本作の舞台は、ゴダールのパートナーであるアンヌ＝マリー・ミエヴィルの生誕の地であるローザンヌです。二人は1979年、ローザンヌから近いロールという村に工房を構えていました。この地は、ゴダールが幼少期を過ごしたニヨンにも近接しており、彼の個人的な記憶と深く結びついています。

タイトルにもなっているフレディ・ビュアシュは、ローザンヌのフィルム・アーカイヴ「シネマテーク・スイス」の創設者であり館長でした（1951年～1996年）。ゴダールは作品の中でビュアシュに語りかけるように、映画、そしてローザンヌへの想いを投影させています。また、作中でゴダールが呼びかける「イヴ」は、ローザンヌ出身の映画監督イヴ・イェルサンを指しています。彼の従弟であるリュック・イェルサンは、ゴダールの作品『勝手に逃げろ/人生|勝手に逃げろ_人生』（1979年）で録音技師を務めていました。

技術的な面では、ベータカムでビデオ撮影された映像を35ミリフィルムに変換するという手法が用いられています。イーストマン・カラーの鮮やかな映像は、12分という短い上映時間の中で、様々なイメージを効果的に提示しています。音楽はモーリス・ラヴェルの『ボレロ』が使用され、映像と相まって独特の雰囲気を醸し出しています。録音は、ゴダールの常連スタッフであるフランソワ・ミュジーが担当しています。

ゴダール自身も本作に出演しており、彼の個人的な視点を直接的に示しています。この自己言及的なアプローチは、ゴダール作品の特徴の一つであり、観客に自己と作品、そして現実と虚構の境界を問いかける要素となっています。

『フレディ・ビュアシュへの手紙』は、単なる記録映画ではなく、ゴダールの視点を通してローザンヌという街、そして映画そのものへの愛が表現された作品です。短編ながら、彼の映画史における重要な位置を占める作品として高く評価されています。

日本においては、1985年と2002年の二度に渡り商業公開されています。どちらもフランス映画社による配給で、柴田駿氏による字幕がつけられています。当時、東京のシネフィルの集まる場所として知られたシネ・ヴィヴァン六本木やユーロスペースで上映されたことは、日本におけるゴダール作品受容の歴史において特筆すべき出来事と言えるでしょう。

『フレディ・ビュアシュへの手紙』は、ゴダールという巨匠の視点を通して、ローザンヌの街の歴史と記憶、映画への情熱を凝縮した、貴重な映像作品です。その短い上映時間の中に、深い意味と多様な解釈の可能性が秘められていると言えるでしょう。ゴダール作品を初めて観る方にも、彼の作品に慣れ親しんでいる方にも、新たな発見と感動を与えてくれる作品です。

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