ブノワ・ジャコ

ブノワ・ジャコ（Benoît Jacquot、1947年2月5日パリ生 - 2024年没）は、フランスの映画監督、脚本家、そしてオペラ演出家として国際的に知られた人物です。独自の映像表現と人間の内面を深く掘り下げる作風で、長年にわたり精力的に作品を発表し続けました。

彼のキャリアは、映画製作の現場で助監督として始まりました。特に1970年代には、ヌーヴェルヴァーグを代表する作家であるマルグリット・デュラスの監督作品『ナタリー・グランジェ（女の館）』や『インディア・ソング』で助監督を務め、その創作の一端に触れています。この時期には、テレビ向けのドキュメンタリー作品も数多く手掛けるなど、多角的に映像制作の経験を積みました。

助監督としての経験を活かし、1975年に『L'Assassin musicien』で長編映画監督としてデビューを果たします。これはフョードル・ドストエフスキーの小説を原作とした作品であり、初期から文学作品への深い関心を示していました。その後も、ジャコは様々なジャンルや題材に取り組み、一貫して独特の美的センスを追求した作品を発表し続けます。

彼の監督作は、特に俳優の演技を引き出す手腕が高く評価されました。1989年の『デザンシャンテ（La Désenchantée）』では、当時若手だったジュディット・ゴドレーシュがセザール賞の有望若手女優賞にノミネートされるなど、新しい才能を見出すことにも長けていました。また、1995年公開の『シングル・ガール（Le Fille seule）』では、主演のヴィルジニー・ルドワイヤンがプラハ国際映画祭で最優秀女優賞を獲得し、国際的な注目を集めます。他にもヘンリー・ジェイムズ、パスカル・キニャール、ドン・デリーロ、ジェイムズ・ハドリー・チェイスなど、著名な文学者の作品を積極的に映画化し、それらを自身の世界観で再構築しました。代表的な作品としては、『肉体の学校（L'École de la chair）』（1998）、『発禁本-SADE（Sade）』（2000）、そして広く知られることとなった『マリー・アントワネットに別れをつげて（Les Adieux à la reine）』（2012）などがあります。彼の作品は、時に退廃的なムードや官能的な描写を含みつつも、人間の心理の機微を繊細に描き出すことが特徴であり、日本でも多くの作品が紹介され、熱心なファンを獲得しました。

映画監督として確固たる地位を確立した後、ブノワ・ジャコはオペラ演出という新たな分野にもその才能を発揮しました。2003年には、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスでジュール・マスネ作曲の歌劇《ウェルテル》を演出し、オペラ演出家として成功裡にデビューを飾ります。この演出は高い評価を受け、後にパリ・オペラ座でも上演され、テノールのヨナス・カウフマンやメゾソプラノのソフィー・コッシュといった世界的な歌手が出演しました。パリでの公演はジャコ自身がテレビ中継の監督を務め、その映像はDVDやブルーレイとして発売され、広く視聴されました。この《ウェルテル》のプロダクションは、両劇場で繰り返し再演される定番のレパートリーとなりました。さらに2014年には、パリ・オペラ座からの依頼により、ジュゼッペ・ヴェルディ作曲の不朽の名作《椿姫》を新たに演出し、ソプラノのディアナ・ダムラウを主演に迎えて大きな話題となりました。これもまたテレビ中継やブルーレイ化を経て、パリ・オペラ座の主要なレパートリーの一つとして定着しています。彼のオペラ演出は、映画的な視覚表現とドラマティックな展開、そして登場人物の心理を深く掘り下げた演出が特徴と評されました。

フランス映画界におけるブノワ・ジャコの功績は広く認められており、2005年には権威あるカンヌ国際映画祭の審査員を務めるなど、映画界の重要人物として活動しました。

長年にわたり芸術分野で多大な足跡を残したジャコでしたが、そのキャリアの終盤は衝撃的な出来事によって締めくくられることとなりました。2024年、複数の俳優から過去に性的暴行を受けたとの告発が相次ぎ、フランス当局による捜査の結果、拘束される事態に至りました。この一件は、彼の芸術家としての業績に複雑な影を落とすこととなりました。

ブノワ・ジャコは、助監督から出発し、独自の映像言語で映画界に貢献した監督、そしてオペラ演出家として、多岐にわたる分野で才能を発揮しました。その生涯は、数多くの優れた作品を生み出した一方で、晩年の出来事により賛否両論を残す形となりました。

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