ブラザーズ・イン・アームス

『ブラザーズ・イン・アームス』（Brothers in Arms）は、イギリスを代表するロックバンド、ダイアー・ストレイツが1985年に発表した通算5作目のスタジオ録音アルバムです。1984年のライブ盤『アルケミィ』を挟み、前作から3年ぶりにリリースされました。本作はバンドのキャリアにおいて最大の商業的成功を収めた作品であり、全世界で3,000万枚を超える驚異的なセールスを記録しています。

制作背景とレコーディング

アルバムに冠されたタイトル曲「ブラザーズ・イン・アームス」は、1982年から1992年にかけて続いたイギリスとアルゼンチン間のフォークランド紛争を背景としています。

レコーディングはカリブ海にあるモントセラト島のAir Studiosで行われ、ニューヨークのパワー・ステーションでミキシングが施されました。バンドの中心人物であるマーク・ノップラーは、ニール・ドーフスマンと共同でプロデュースを担当。ドーフスマンはレコーディング・エンジニアも兼任しています。この制作セッションから、キーボード奏者のガイ・フレッチャーが新メンバーとして加入しました。また、収録曲「マネー・フォー・ナッシング」には、著名なアーティストであるスティングがゲストボーカルとして参加しています。

ドラムパートに関しては、アルバムクレジットにはオマー・ハキムと、当時の正式メンバーだったテリー・ウィリアムズの2名が記載されています。しかし、プロデューサーのドーフスマンは後年のインタビューで、ウィリアムズのストレートなロックンロールスタイルよりも、ハキムの持つポリリズム的なスタイルがノップラーの求める音楽的方向性に合致していたと語っています。多岐にわたるスタイルを演奏できるドラマーが必要とされ、最終的にはハキムの演奏が大半のパートで採用されました。特に「マネー・フォー・ナッシング」のイントロはウィリアムズですが、それ以外の大部分はハキムの演奏が使用されています。ハキムはモントセラトに呼ばれ、わずか2日半という短期間でアルバム全曲のドラム録りを終えたとされています。なお、ハキムの起用前には、アンディ・ニューマークやピーター・アースキンといった著名なドラマーも候補に挙がっていました。

収録曲「ウォーク・オブ・ライフ」は、プロデューサーのドーフスマンがアルバムへの収録を見送ることを検討した曲でしたが、バンド側の強い意向によって最終的に収録されました。結果的に、この曲は本作からの第4弾シングルとしてもリリースされ、広く親しまれることになります。

本作のレコーディングでは、プロデューサー兼エンジニアであるニール・ドーフスマンが得意とした「フル・デジタル・レコーディング」が全面的に採用されました。これは当時としては非常に先進的で、コスト面から敬遠されがちな手法でした。具体的なプロセスとしては、まずデジタルマルチトラックレコーダーで録音し、それをアナログミキシングコンソールでミックスした後、A/Dコンバーターを通して2チャンネルのデジタルレコーダーにまとめるトラックダウンを行い、最終的にデジタルマスタリングを施すというものでした。ドーフスマンがプロデュースしたスティングのアルバム『ナッシング・ライク・ザ・サン』（1987年）も、同様のフル・デジタル・レコーディングで制作されています。

本作はLP、カセット、CDという複数のメディアでリリースされました。カセットやCDに収録されたバージョンは、多くの楽曲でLP盤よりも1分以上長いランニング・タイムとなっています。特に本作は、アルバムの総売上においてCDがLPを初めて上回った歴史的作品としても知られています。

商業的成功と世界的反響

『ブラザーズ・イン・アームス』は、世界各地で記録的なヒットを達成しました。

イギリスでは、ダイアー・ストレイツにとって2作目となる全英アルバムチャート1位を獲得。通算14週にわたり首位の座を守り、1985年5月から1988年12月まで、実に3年半以上にもわたり連続でトップ100に留まるという驚異的なロングヒットとなりました。その後も繰り返しチャートインを果たし、2015年には約30年ぶりにトップ10圏内（8位）に再浮上する現象を見せました。2012年時点のデータでは、イギリス国内で415万枚以上を売り上げ、歴代7番目に売れたアルバムとしてその名を刻んでいます。

アメリカでも、デビューアルバム以来となるトップ10入りを果たし、バンドにとって初のBillboard 200での全米1位を獲得しました。発売からわずか2ヶ月でゴールドディスクに認定され、1年後には5×プラチナ、1996年には9×プラチナ認定を受けるなど、爆発的なヒットを記録しました。

その他の国々でも成功を収めています。オランダでは2週連続で1位を獲得し、通算250週にわたりトップ100にランクイン。スウェーデンでは19週連続でトップ3入りし、うち11週が1位。ニュージーランドでは1年以上にわたり連続でトップ10に入り続け、そのうち21週で首位を獲得しました。

このアルバムのリリースに伴い行われたワールドツアーは12ヶ月間続き、合計234回の公演で約250万人もの観客を動員する大規模なものとなりました。

評価と受賞歴

『ブラザーズ・イン・アームス』は、その音楽性と商業的成功が高く評価され、数々の賞を受賞しています。

イギリスのブリット・アワードでは、1986年に最優秀ブリティッシュ・アルバム賞にノミネートされましたが、この年は受賞を逃しました。しかし、バンドはその年の最優秀ブリティッシュ・グループ賞を受賞しています。翌1987年には再び最優秀ブリティッシュ・アルバム賞にノミネートされ、ついに受賞を果たしました。

アメリカのグラミー賞では、収録曲「マネー・フォー・ナッシング」が最優秀ロック・パフォーマンス賞を受賞。また、共同プロデューサーでありエンジニアのニール・ドーフスマンが最優秀エンジニア賞を受賞しました。さらに、本作からのシングルのミュージックビデオを収めた映像作品も最優秀短編ミュージック・ビデオ賞を受賞しています。

音楽専門誌『ローリング・ストーン』が選定する「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」では、352位にランクインしています。

2005年には、アルバム発売20周年を記念して5.1サラウンド・サウンド仕様のSA-CDがリリースされました。このSA-CD盤は、第48回グラミー賞において最優秀サラウンド・サウンド・アルバム賞を受賞し、その技術的なクオリティも高く評価されています。

『ブラザーズ・イン・アームス』は、その社会的な背景を持つメッセージ性、革新的な録音技術、そして世界的な大ヒットにより、1980年代を象徴する重要なアルバムの一つとして、音楽史にその名を刻んでいます。

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