ブラック・シー

ブラック・シー (Black Sea)

XTCのディスコグラフィーにおいて、そのサウンドと方向性を決定づける上で重要な位置を占める4作目のスタジオ・アルバム『ブラック・シー』は、1980年にヴァージン・レコードからリリースされました。

制作背景とレコーディング

本作のレコーディングは、1980年の6月から7月にかけて、ロンドンの名門タウンハウス・スタジオで行われました。プロデューサーには、前作に引き続きスティーヴ・リリーホワイトが起用されています。リリーホワイトは、エンジニアのヒュー・パジャムと共に、当時の音楽シーンにおいて革新的であったサウンド・プロダクションを追求しました。特に、ドラムスにゲート・エコーという手法を大胆に採用した最初期の作品の一つとして知られており、そのタイトでパンチの効いたドラムサウンドは、本作の最も顕著な特徴となっています。このサウンドメイクは、その後の多くのレコーディングに影響を与えたと言われています。

タイトルとアートワークのユニークな経緯

アルバムのタイトル決定には、XTCらしいひねりの効いたエピソードが存在します。当初、有力なタイトル候補として挙げられていたのは「ワーク・アンダー・プレッシャー (Work Under Pressure)」でした。これは、レコード会社や周囲からヒット作を生み出すことへのプレッシャーを感じていたバンドが、その状況に対する皮肉を込めて考えたタイトルでした。このタイトル案に合わせて、アートワークとしても潜水服を着た人物の印象的な写真が準備されました。しかし、結局この「ワーク・アンダー・プレッシャー」というタイトル案は採用されず、特に深い関連性のない「ブラック・シー（黒海）」という言葉が適当に選ばれ、最終的なアルバムタイトルとなりました。興味深いことに、「ワーク・アンダー・プレッシャー」のために準備されていた潜水服のアートワークは、そのまま『ブラック・シー』のジャケット写真として流用されることになったのです。この、タイトルとジャケットの間に見られる奇妙なミスマッチもまた、XTCのユニークな感性を象徴するものとして、ファンの間で語り継がれています。

初期の発売形態

本作がLPレコードとして発売された当初、アルバムは目を引く黄緑色の紙袋に封入されて店頭に並べられました。この特徴的なパッケージングは、ファンにとって特別なアイテムとなり、後のCD再発時にも、紙ジャケット仕様でこの黄緑色の紙袋が復刻され、当時の雰囲気を再現しています。

参加ミュージシャンとスタッフ

『ブラック・シー』の演奏には、当時のXTCを構成するメンバーが参加しています。

アンディ・パートリッジ: ギター、シンセサイザー、ボーカル。バンドのソングライティングの中心であり、独特の歌声とギタープレイでサウンドを牽引しました。
コリン・モールディング: ベース、ボーカル。アンディと並ぶソングライターであり、堅実かつメロディックなベースラインと温かみのあるボーカルでバンドのサウンドを支えました。
デイヴ・グレゴリー: ギター、シンセサイザー、ピアノ、ヴォックス・ヒューマナ。多様な楽器を操り、複雑かつ色彩豊かなアレンジメントに貢献しました。
テリー・チェンバーズ: ドラムス。パワフルで手数の多いドラミングで、本作のタイトなリズムセクションを構築しました。

スタッフとしては、前述の通りスティーヴ・リリーホワイトがプロデュースを手掛け、サウンドの方向性を決定づけました。エンジニアはヒュー・パジャムが務め、リリーホワイトと共に革新的なサウンドの実現に貢献しました。

アルバムの評価と位置づけ

『ブラック・シー』は、前作『ドラムス・アンド・ワイヤーズ』で確立したポストパンク的なアプローチと、XTC本来のポップセンスが融合し、さらに進化を遂げた作品と見なされています。アグレッシブながらも緻密に計算されたサウンド、社会や日常に対する皮肉やユーモアを交えた歌詞は、批評家からも高い評価を得ました。特に、テリー・チェンバーズのドラムスとスティーヴ・リリーホワイトによるプロダクションは、当時の音楽シーンにおいて強いインパクトを与えました。XTCのキャリアにおいて商業的にも一定の成功を収めた本作は、その後のバンドの活動の基盤を築くとともに、1980年代初頭のブリティッシュ・ロックを代表するアルバムの一つとして、現在でも多くの音楽ファンに聴き継がれています。

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