ヒュー・パジャム

ヒュー・パジャム（Hugh Padgham）は、1950年 2月21日にイギリスで生まれた、世界的に著名な音楽プロデューサーおよびレコーディング・エンジニアです。彼のキャリアは、数多くのヒット作品と革新的なサウンドを生み出し、特に1980年代のブリティッシュ・ポップシーンにおいて多大な影響を与えました。

キャリアの始まりと成功

音楽業界での第一歩は、Advision Studiosでのアシスタント・エンジニアとしてでした。イエスやエマーソン・レイク・アンド・パーマー（ELP）といった著名なアーティストのレコーディングに立ち会い、マルチトラック・テープ・レコーダーの操作などを担当しました。その後、Landsowne Studiosを経て、1978年にはロンドンのTownhouse Studiosへ移籍。ここではチーフ・エンジニアおよびプロデューサーとして、XTC、ピーター・ガブリエル、フィル・コリンズといった革新的なアーティストたちの作品制作に深く関わることになります。

彼の名は、フィル・コリンズのシングル「In The Air Tonight」での印象的なドラムサウンドによって広く知られるようになりました。この楽曲は、彼がプロデューサーのスティーヴ・リリーホワイトと共にヴァージン・レーベル・サウンドとして確立した「ゲーテッド・リバーブ・サウンド」を象徴する一例であり、瞬く間に1980年代の音楽シーンを席巻しました。ミュージシャンとの優れたコミュニケーション能力も彼の強みであり、多くのアーティストから厚い信頼を得ています。

ゲーテッド・リバーブ・サウンド

ヒュー・パジャムの代名詞ともいえるゲーテッド・リバーブは、スティーヴ・リリーホワイトがプロデュースし、彼自身がエンジニアリングを担当した1980年のXTCのアルバム『ブラック・シー』におけるドラムサウンドで初めて効果的に使用されました。この技術は、ドラムのルームアンビエンスやリバーブ成分（プレートリバーブなど）に対し、ノイズゲートを適用することで実現されました。

具体的には、リバーブなどの残響音をノイズゲート回路に通し、リバーブの減衰時間を極端に短く、強制的に途切れさせるように設定します。これにより、残響が急にカットされる、非常にインパクトのあるサウンドが生まれます。この手法はその後、デジタルリバーブの基本的なプログラムの一つとして広く普及しました。

単に機械的にゲートをかけるだけでなく、SSLのコンピューターオートメーションを用いて、テンポに合わせてリバーブ成分を能動的かつ任意にカットする応用例も生まれました。パワー・ステーションの「Some Like It Hot」（1985年）はその顕著な例であり、パジャムらが創出したゲーテッド・リバーブの概念がさらに発展した形としてミキシングに応用されています。

主なプロデュース/エンジニアリング作品

ヒュー・パジャムは、多くの著名アーティストの作品に携わり、そのサウンドメイキングに貢献しています。

ポリス: 1981年の『ゴースト・イン・ザ・マシーン』以降、『シンクロニシティー』やスティングのソロ作品など、バンドおよびスティングのサウンド形成に深く関与しました。スチュワート・コープランドのバスドラムに施された特徴的なゲーテッド・リバーブ処理は、彼のサウンドの特徴の一つです。
フィル・コリンズ: 「In the Air Tonight」での成功以降、長年にわたり共同作業を続けています。1985年の『フィル・コリンズIII』では、TR-808と生ドラムの融合や得意のゲートリバーブなど、先進的なミキシング手法を駆使し、当時のエンジニアに大きな影響を与えました。1989年の『バット・シリアスリー』では、フェニックス・ホーンズの革新的な収録・ミキシング方法がヒットに貢献し、彼とコリンズの強固な信頼関係を示しています。この関係は、フィル・コリンズがメンバーだったジェネシスの作品にも引き継がれ、1980年代の彼らの多くのヒットを生み出しました。
XTC: 1980年『ブラック・シー』ではチーフ・エンジニアとして、スティーヴ・リリーホワイトと共にヴァージン・レーベル・サウンドと称されるドラムサウンドを創出。1982年『イングリッシュ・セツルメント』ではプロデューサー/エンジニアとして参加。「Ball and Chain」では、SSLミキシングコンソールのListen Mic回路を通した大胆なドラムサウンドやゲーテッド・リバーブを多用しています。
デヴィッド・ボウイ: 1984年のアルバム『トゥナイト』では共同プロデューサーとして参加。この作品でも、彼ならではのドラムサウンドやベースの存在感、ゲーテッド・リバーブが特徴的です。シンセサイザーと生楽器のミキシングの巧みさも際立っています。
* ポール・マッカートニー: 1986年の『プレス・トゥ・プレイ』を共同プロデュース。バッキングトラックの華やかなサウンドが特徴で、ゲーテッド・リバーブに加え、ロングディレイやロングリバーブなど多様なミキシングテクニックが聞かれます。

受賞と評価

ヒュー・パジャムは、その卓越した手腕に対し、音楽業界から高い評価を受けています。グラミー賞では、1986年度にフィル・コリンズ『フィル・コリンズIII』で「アルバム・オブ・ザ・イヤー」と「プロデューサー・オブ・ザ・イヤー」を、1991年度にフィル・コリンズ「アナザー・デイ・イン・パラダイス」で「レコード・オブ・ザ・イヤー」を受賞しました（いずれもフィル・コリンズとの連名）。また、1994年度にはスティング『テン・サマナーズ・テイルズ』で「ベスト・エンジニアード・アルバム」を受賞しています。1992年には『Mix』誌による投票で「最も影響力のあるプロデューサー・トップ10」に選出されるなど、彼の功績は揺るぎないものです。

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