ブリーセーイス

ブリーセーイス：神話に翻弄された悲劇の女性

ブリーセーイス（古希: Βρισηΐς, Brīsēïs）は、ギリシア神話に登場する女性であり、その名は長母音を省略してブリセイスとも表記されます。彼女の出自については諸説あり、ブリーセウスの娘とも、クリューセースの娘とも伝えられていますが、いずれにしても高貴な身分の生まれであったことは間違いありません。

彼女はリュルネーソスの王ミュネースの妻として幸せな日々を送っていましたが、トロイア戦争の勃発によってその運命は大きく変わります。

トロイア戦争とブリーセーイス

トロイア戦争中、アキレウス率いるギリシア軍はリュルネーソスを陥落させました。この時、夫ミュネースは戦死し、ブリーセーイスはアキレウスの捕虜となります。捕虜の中でも特に美しく優れた女性であった彼女は、アキレウスの傍に置かれ、事実上の妻のような存在となりました。しかし、このブリーセーイスの存在が、アキレウスとギリシア軍総大将アガメムノーンの対立を招くことになります。

アキレウスとアガメムノーンの対立

物語は、『イーリアス』で詳細に語られます。アガメムノーンは、アポロンの神官クリューセースの娘クリューセーイスを捕虜としていましたが、彼女の返還を拒否しました。これに怒ったアポロンはギリシア軍に疫病を送り込み、多くの兵士が命を落とします。アキレウスは、この事態を打開するためクリューセーイスの返還をアガメムノーンに提案しますが、アガメムノーンはこれに応じる代わりに、アキレウスが寵愛するブリーセーイスを要求しました。

女神アテーナーの助言もあって、アキレウスはブリーセーイスをアガメムノーンに引き渡しましたが、激しい怒りを感じ、戦場から退きます。アキレウスの離脱により、ギリシア軍は苦戦を強いられることになります。ブリーセーイスは、英雄同士の争いの道具として扱われることになったのです。

ブリーセーイスの返還とアキレウスの復帰

ギリシア軍が苦戦する中、アガメムノーンはアキレウスにブリーセーイスを返還し、和解を試みようとしますが、アキレウスは当初これを拒否します。しかし、アキレウスの親友パトロクロスが戦死したことをきっかけに、アキレウスはアガメムノーンとの和解を決意し、ブリーセーイスを受け取って戦場に復帰します。ブリーセーイスは、再びアキレウスの傍に戻ることになったのです。

ブリーセーイスは、戦争の悲劇を象徴する存在として、神話の中で重要な役割を担っています。彼女は、美しさゆえに争いの種となり、英雄たちの感情を揺さぶる存在として描かれています。

ブリーセーイスのその後

『イーリアス』では、ブリーセーイスがその後どうなったかについて明確な記述はありません。彼女は再びアキレウスの傍で暮らしたと考えられますが、その後の詳細な運命は不明です。しかし、彼女の物語は、戦争の悲惨さ、英雄たちの葛藤、そして女性が置かれた困難な立場を今に伝えるものとして、語り継がれています。

参考文献

ホメロス『イリアス（上・下）』松平千秋訳、岩波文庫（1992年）
高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』、岩波書店（1960年）

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