プロセニアム・アーチ

プロセニアム・アーチとは

プロセニアム・アーチは、観客席から見て舞台を額縁のように区切る構造物のことを指します。この構造によって縁取られた舞台は「額縁舞台」と呼ばれます。また、この構造から派生して、演技空間を規定する概念としても用いられ、「プロセニアム芝居」という言葉で、やや批判的なニュアンスを含むこともあります。

舞台作品の制作現場では、単に「プロセニアム」という言葉で、プロセニアム・アーチそのものか、アーチのある舞台上の位置を指します。ただし、舞台音響の分野では、プロセニアム・アーチの上部に取り付けられたスピーカーを指すことが一般的です。

歴史

プロセニアム・アーチの初期の例は、16世紀後期のイタリア、ヴィチェンツァのテアトロ・オリンピコに見られます。プロセニアム・アーチが明確に成立したのは、17世紀初頭のイタリア、パルマのテアトロ・ファルネーゼであるという説もあります。

この額縁舞台の形式は、イタリア式劇場として発展し、ヨーロッパの近世から近代にかけて建設された屋内劇場では、プロセニアム・アーチを備えることが標準となりました。ミラノのスカラ座やパリのオペラ座に見られるように、馬蹄形の平土間、垂直に立ち上がった桟敷席、プロセニアム・アーチ付きの舞台、そして舞台前のオーケストラ・ボックスは、西欧近代の劇場構造の典型とされています。

プロセニアム・アーチの出現は、より複雑な舞台機構を可能にしました。舞台装置はプロセニアム・アーチという額縁を意識した絵画的なものになり、遠近法を利用した写実的な装置が発展しました。

しかし、19世紀末から20世紀初頭にかけて、ベルトルト・ブレヒトのようにプロセニアム・アーチの存在を否定する劇作家や演出家も現れ始めました。

第二次世界大戦後の日本で建設された多くの公共・民間のホールは、プロセニアム・アーチ付きの舞台を備えています。しかし、額縁舞台を前提とした演出に批判的な演劇関係者からは、プロセニアム・アーチ付きの舞台を敬遠する動きも出てきました。そこで近年、可動式のプロセニアム・アーチが考案され、仮設式の張り出し舞台と組み合わせることで、多様な舞台客席空間を作り出すことが可能になりました。日本国内では、新潟県長岡市リリックホールの「シアター」や、愛知県長久手市文化の家の「森のホール」などが、可動式プロセニアム・アーチを備えた劇場として知られています。

プロセニアム・アーチ以前の舞台

ルネサンス期の屋外型張り出し舞台では、俳優が直接観客に語りかける形式が見られました。シェイクスピアの時代には、イギリスの劇場は観客の空間に舞台が張り出しており、複数の方向から観劇できる形式が主流でした。

ピューリタン革命によってイギリス・ルネサンス演劇は中断しますが、王政復古期に再開した際には、シェイクスピアの時代のような張り出し舞台は姿を消し、フランスやイタリアの影響を受けたプロセニアム・アーチを持つ劇場が主流になりました。ただし、イギリスでは、幕の前で俳優が演技をするための張り出し部分（エプロン）も設けられました。

プロセニアム・アーチの影響

プロセニアム・アーチは、そこで上演される演劇に大きな影響を与えました。舞台装置の面では、アーチに取り付けられた幕が、大規模な舞台転換を容易にするなど、様々な効果をもたらしました。多幕ものの戯曲が登場したのも、劇場に幕が登場してからだという説もあります。また、アーチの裏側の左右に副舞台が設けられ、大きな舞台装置を隠すことも可能になりました。さらに、プロセニアム・アーチは舞台上部に取り付けられた照明装置や、吊り下げ式の舞台装置などを隠す役割も果たしました。これにより、それまで簡素なものが中心だった舞台装置はより華美になりました。

演技の面では、プロセニアム・アーチに囲まれた垂直面（舞台前面）が、舞台と客席を明確に区切る「第四の壁」として意識されます。観客は、奥と左右の壁に囲まれた舞台という閉じた空間で起こる出来事を、透明な第四の壁を通して見ることになります。このような演技空間では、俳優は観客が存在しないかのように振る舞い、観客は舞台上で繰り広げられる演劇を、別の世界で起こっている出来事を覗き見しているかのように感じ、物語に没入します。観客は、これは俳優が演じる芝居であるという意識や、現実にはありえない出来事であるという感覚を一時的に忘れるようになります（不信の宙づり）。

プロセニアム・アーチの出現によって、演技の質はもちろん、戯曲や演出、そして観劇体験の質も大きく変化しました。

プロセニアム・アーチと観客の関係

プロセニアム・アーチは舞台と観客を区切るものです。プロセニアム・アーチのない舞台では、観客と俳優は同じ空間に位置し、観客は俳優の演劇をより身近なものとして体験することができます。また、舞台上の劇世界は観客と俳優によって共有され、相互作用が生まれやすくなります。

これに対し、プロセニアム・アーチのある舞台では、観客と俳優はそれぞれ異なる空間に位置していると言えます。全ての観客は基本的に同じ方向から、プロセニアム・アーチという額縁を通して劇を観ます。座る位置による見え方の違いは少なく、アーチのない劇場よりも多くの観客席を設けることが可能になります。また、舞台上の劇世界は、プロセニアム・アーチという額縁を通した絵画的・客観的なものとして提示される傾向が強まります。

関連項目

• - 劇場
• - 舞台美術
• - 舞台音響
• - 舞台照明

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