ヘキサジン

ヘキサジン（Hexazine）は、ヘキサアザベンゼン（hexaazabenzene）としても知られている化学種です。これは、元素である窒素が様々な形態を取りうる「同素体」の一つとして考えられています。

構造と分類

ヘキサジン分子は、6個の窒素原子が環状に結合した構造を持つと想定されており、その形状は、構造的に非常に安定な有機化合物として知られるベンゼン分子とよく似ています。ベンゼン分子は、炭素原子6個が環状に並び、それぞれに水素原子が結合していますが、ヘキサジンは、ベンゼンの全ての炭素原子（より正確には炭素と水素からなるメチン基）が窒素原子に置き換わった形に相当します。

ベンゼン骨格の炭素原子が一つまたは複数、窒素原子に置き換わった化合物群は「アザベンゼン」または「アジン」と呼ばれます。この系列には、窒素原子が1つのピリジン、2つのピリミジン、ピリダジン、ピラジン、3つのトリアジン、4つのテトラジンなどがあります。これらのアジン類は既に実験的に合成され、性質が調べられています。アジン系列において、ヘキサジンは窒素原子が6つ全てを占める、この系列の最後のメンバーに位置づけられます。このアジン系列の中で、ヘキサジンと、窒素原子が5つのペンタジンだけは、長い間、安定な分子として直接観測された例がありませんでした。

安定性と理論的考察

ヘキサジン分子の構造は安定なベンゼンに類似しているため、化学結合の性質を示す「芳香族性」を持つ可能性が、理論計算によって示唆されています。芳香族性は分子の安定化に寄与することが多い性質です。

しかし、多くの理論計算では、ヘキサジン分子は極めて不安定であると予測されています。この理論的な不安定性の主な理由として、分子を構成する各窒素原子が持つ、化学結合に関与しない「孤立電子対」の存在が指摘されています。環状構造の中で、これらの孤立電子対同士が互いに電気的な反発力を及ぼし合うこと、そしてこれらの電子が分子内の特定の「反結合性軌道」に入り込み、分子のエネルギーを高めることが、ヘキサジン分子が不安定になる要因と考えられています。

合成への試みと新たな報告

長らく観測されていなかったヘキサジンですが、近年、関連する研究成果が報告されています。2022年には、極めて高い圧力を発生させるダイヤモンドアンビルセルという装置の中で、アジ化カリウムという物質にレーザー光を照射して加熱する実験が行われました。この条件下で、ヘキサジンが2価の負電荷を帯びたイオンであるヘキサジンジアニオン（N6^2-）が生成し、カリウムイオンと結合した化合物（K2N6）として合成されたという研究結果が発表されました。これは、仮想的な存在と考えられてきたヘキサジンと同じ骨格を持つ化学種が、特殊な環境下であれば生成しうることを示しており、この特異な分子構造に関する研究の進展に繋がる可能性を持つ重要な発見と言えます。

関連事項

ヘキサジンに関連する化学種や概念としては、以下のようなものが挙げられます。

アジ化物
オクタアザキュバン
ペンタゾール
四窒素

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