ヘクトルの死を悼むアンドロマケ

『ヘクトルの死を悼むアンドロマケ』

概要

『ヘクトルの死を悼むアンドロマケ』（フランス語：Andromaque pleurant Hector）は、1783年にフランスの新古典主義画家ジャック＝ルイ・ダヴィッドによって制作された油彩画です。本作はホメロスの叙事詩『イリアス』に描かれた、トロイア王子ヘクトルの妻アンドロマケが抱える深い悲しみをテーマにしています。現在、この作品はパリのルーヴル美術館に所蔵されています。

主題

アンドロマケは、トロイア王プリアモスの息子であるヘクトルの妻であり、トロイア戦争において彼の死に直面します。ホメロスによると、アンドロマケは王エエティオンの娘で、ヘクトルとの間に息子アステュアナクスをもうけました。彼女は夫を支え、彼の帰りを待ちながら日常生活を送っていました。しかし、ヘクトルは戦争でパトロクスを討ち取るものの、アキレウスとの戦いで命を落とし、その遺体は城壁の周囲を引き回されるという屈辱を受けます。この無惨な光景をアンドロマケが目撃した際、彼女は気を失ってしまいます。ヘクトルの遺体が帰還した際、アンドロマケは彼を抱きしめ、涙を流しながら別れの言葉を告げるのです。戦争の終焉後、彼女は夫を殺したアキレウスの息子ネオプトレモスに引き渡されるという運命に翻弄されました。

作品の構成

ダヴィッドはアンドロマケが夫の死を悼むという感情的な瞬間を捉えています。画面中央には、赤い毛布がかけられたヘクトルの遺体が横たわっており、その周囲には古典的な石柱が立ち並んでいます。アンドロマケは、椅子に座って夫の遺体を見つめ、劇的な身振りで天を仰いでいます。彼女の傍らには、幼い息子アステュアナクスが存在し、母を慰めようと手を差し伸べています。後方には火の灯る燭台があり、ギリシア語の記銘が施されています。画面の左下にはヘクトルの剣や兜が置かれ、彼の戦士としての存在を示唆しています。

ダヴィッドはこの作品に、個人的な経験を投影した可能性があります。彼は9歳の時に父を失っており、アステュアナクスの姿が自身の幼少期を想起させるのです。作品の構図は古典的な彫刻の影響を受けており、非常に計算されたものである一方で、全体的な印象は単調さを残します。特に色彩や表現において、批評家からは冷たさや気取りが指摘されました。

来歴

この絵画は1783年にパリで制作され、同年の8月に王立絵画彫刻アカデミーに入会作品として提供されました。その後、長い間ルーヴル宮殿に所蔵された後、いくつかの転機を経て、ダヴィッドの死去後に彼の弟子グロに引き継がれました。最終的に、作品は1886年にエコール・デ・ボザールに遺贈され、1969年以降はルーヴル美術館に展示されています。

結論

『ヘクトルの死を悼むアンドロマケ』は、ダヴィッドの感受性と技術が融合した重要な作品であり、アンドロマケの悲しみを通して人間の苦悩と愛の普遍的なテーマを描き出しています。

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