アステュアナクス

アステュアナクスは、ギリシア神話に登場するトロイアの王子であり、英雄ヘクトールとアンドロマケーの間に生まれた息子です。彼は、本名をスカマンドリオスといいましたが、父ヘクトール以外からは、アステュアナクスと呼ばれていました。

トロイア戦争時、アステュアナクスはまだ乳飲み子でした。トロイアが陥落する際、彼は悲劇的な運命を辿ります。彼の死については複数の説が存在します。

叙事詩環の『小イーリアス』の断片では、ネオプトレモスがアステュアナクスを塔から突き落としたとされています。一方、『イーリオスの陥落』では、オデュッセウスが彼を突き落としたと語られています。ウェルギリウスの『アエネーイス』、ヒュギーヌスの『神話集』、オウィディウスの『変身物語』、アポロドーロスの『ビブリオテーケー』では、誰が殺害したか具体的には言及されていませんが、カッサンドラーの強姦事件などと共に、ギリシア軍による略奪と虐殺の一部として描かれています。

エウリーピデスの悲劇『トロイアの女』では、アステュアナクスが成長して復讐を果たすことを恐れ、城壁から突き落として処刑する場面が描かれています。この設定は、セネカの『トロイアの女たち』や、ジャン・ラシーヌの『アンドロマック』にも翻案されています。

中世・ルネサンス期には、アステュアナクスがトロイアの滅亡を生き延びたという説も登場しました。マッテーオ・マリーア・ボイアルドの『恋するオルランド』では、アンドロマケーがアステュアナクスを墓に隠し、ギリシア軍には別の子供を身代わりにして難を逃れる場面が描かれています。その後、アステュアナクスはシチリアに逃れ、アグリジェント王を殺害し、メッシーナを統治し、シラクサの女王と結婚します。最終的には、アイギストスによって殺害されてしまいますが、彼の妻と子供は逃げ延び、その子孫が英雄ルッジェーロであるとされています。また、オルランドの愛剣デュランダルは、ルッジエーロを打ち破ったサラセンの騎士から奪い取ったものですが、それはかつてヘクトールが使っていた剣であったという設定です。ルドヴィーコ・アリオストの『狂えるオルランド』はこの説を翻案しています。

さらに、ジャン・ルメール・ド・ベルジュの『Illustrations de Gaule et Singularités de Troie』では、トロイアから脱出したアステュアナクスが西ヨーロッパに辿り着き、フランクスと改名してゴール人の王になったという説が唱えられています。彼の王朝は、ピピン3世やシャルルマーニュのカロリング朝につながるとされています。ピエール・ド・ロンサールの叙事詩『フランシアード』もこの設定を基にしています。

この他、淡水魚のカラシン科に属するアステュアナクス属（Astyanax）は、トロイアのアステュアナクスの名前にちなんで命名されました。

アステュアナクスの物語は、その悲劇的な死を通じて、トロイア戦争の残酷さ、そして神話における運命の残酷さを象徴するものとして語り継がれています。

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