ヘルマン・アーベントロート

ヘルマン・アーベントロート：激動の時代を生き抜いたドイツの巨匠指揮者

ヘルマン・パウル・マクシミリアン・アーベントロート（1883年1月19日 - 1956年5月29日）は、ドイツの指揮者であり、20世紀前半のヨーロッパ音楽界で重要な存在でした。フランクフルト・アム・マインで書籍商を営む裕福な家庭に生まれ、幼少期から音楽に親しみました。

生い立ちと音楽への目覚め

7歳からヴァイオリンを始めたアーベントロートは、当初、家業を継ぐために書籍商向けの教育を受けました。しかし、ミュンヘンで芸術サークルに誘われたことがきっかけで、カイム管弦楽団（現ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団）で演奏するようになり、指揮者の道を志すようになります。父親の許可を得て、ミュンヘン音楽院でフェリックス・モットルに指揮法を、ルートヴィヒ・トゥイレに楽理と作曲を師事しました。

プロの指揮者としてのキャリア

1905年、リューベック市でプロの指揮者としてのキャリアをスタートさせます。この時期に、後に妻となるエリーザベト・ヴァルターと出会いました。リューベックでの後任は、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーでした。1911年から1914年までエッセン市の音楽監督を務めた後、1914年にフリッツ・シュタインバッハの後を継いでケルン音楽院の院長に就任し、1915年から1934年までケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団を指揮しました。1918年にはケルン市の音楽監督にも就任し、1919年には教授となります。ケルン市長コンラート・アデナウアーの要請を受け、ヴァルター・ブラウンフェルスと協力してケルン音楽院をケルン音楽大学へと発展させました。1922年からはベルリン国立歌劇場でも指揮を始め、1931年から1932年までボン市管弦楽団を指揮しました。

国際的な活躍とナチスの台頭

ケルン市の音楽監督時代から、アーベントロートは積極的に外国への演奏旅行を行いました。ソビエト連邦（ソ連）ではモスクワやレニングラード（現サンクトペテルブルク）で指揮し、1926年から1937年までロンドン交響楽団を指揮しました。この時期に制作されたブラームスの交響曲第1番・第4番の録音は、ブラームス研究の専門家からも高く評価されています。パリにも頻繁に客演し、第二次世界大戦中にはパリ音楽院管弦楽団を指揮し、アルフレッド・コルトーやジネット・ヌヴーと共演しました。オランダではアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮し、モーツァルト、ベートーヴェン、ハイドン、マーラー、レーガーなどの作品を取り上げました。戦後、ドイツ人指揮者として最初にソ連やフランスを訪れたのもアーベントロートでした。

しかし、1934年1月、ナチス・ドイツによって「ナチスの政策に非協力的であること」「ソ連に好意的であること」「ユダヤ人社会ならびにユダヤ人とその文化に好意的であること」などを理由に、ケルン音楽大学学長などの職務を解任され、公職を追放されます。同年、ライプツィヒに移住し、ブルーノ・ワルターが亡命して空席となっていたライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の常任指揮者に就任し、終戦まで務めました。1937年には、この職を維持するためにナチスへの入党を余儀なくされますが、アーベントロート自身は入党に乗り気ではなく、党大会には一度も参加しませんでした。1943年と1944年のバイロイト音楽祭では、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を指揮しました。

戦後と晩年

1945年末にゲヴァントハウス管弦楽団を退任し、1946年よりヴァイマル音楽大学学長ならびにリスト博物館館長に就任しました。また、ヴァイマル国立管弦楽団やヴァイマル国立歌劇場も指揮し、ナチス時代に禁じられていたメンデルスゾーン、マーラー、ヒンデミットらの作品を再びレパートリーに加えました。1949年よりライプツィヒでの指揮活動を再開し、ライプツィヒ放送交響楽団首席指揮者に、1953年からはベルリン放送交響楽団首席指揮者に就任しました。

戦後は東ドイツに留まりましたが、西ドイツのオーケストラにも度々客演しました。1950年5月には、かつて音楽監督を務めたケルン音楽大学での25周年記念の催しに招かれ、ギュルツェニヒ管弦楽団でブルックナーの交響曲第3番を指揮しました。1951年にはプラハの春音楽祭に東ドイツ代表として参加しました。1954年から1955年まで、東ヨーロッパ各地やバルカン半島でも演奏活動を行いました。

1956年5月、イェーナへの演奏旅行中に脳卒中で倒れ、同月29日に亡くなりました。葬儀は東ドイツにより国葬として執り行われました。彼の録音は1970年代に数多く発掘・発売され、再評価の機運が高まりました。

演奏とレパートリー

アーベントロートのレパートリーは、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ブルックナー、ブラームスなどの交響曲が中心で、ドイツ音楽の正統的な解釈で知られています。しかし、同時代の作品も積極的に取り上げ、レーガー、リヒャルト・シュトラウス、ヒンデミット、ブラウンフェルスなどの作品も指揮しました。また、チャイコフスキーやショスタコーヴィチなど、ロシアの作曲家の作品もレパートリーに加えていました。

楽譜の正確な再現を心がけた演奏から「楽譜の代弁者」とも呼ばれますが、ライブ録音などでは豊かな感情表現に富んだ劇的な演奏を聴かせています。オペラも得意とし、ヨハン・シュトラウス2世、モーツァルト、ベートーヴェン、ワーグナー、ヴェルディなどの作品を指揮しました。

人柄と音楽教育

アーベントロートは文学を愛好する教養人であり、ゲーテやシラーの作品を好みました。ヘビースモーカーであり、常に葉巻を愛用していました。ライプツィヒでは自宅から練習会場まで自転車で移動するなど、庶民的な一面も持ち合わせていました。ケルン音楽院（ケルン音楽大学）やライプツィヒ音楽院（現フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ音楽演劇大学ライプツィヒ）、フランツ・リスト音楽院（現リスト・フェレンツ音楽大学）などで、カール・エルメンドルフ、ヨーゼフ・デュンヴァルト、ギュンター・ヴァント、ギュンター・ヘルビヒ、ヴォルフ＝ディーター・ハウシルトなど、多くの音楽家を指導しました。

ヘルマン・アーベントロートは、激動の時代を生き抜き、音楽への情熱を貫いた偉大な指揮者でした。彼の音楽は、今もなお多くの人々に感動を与え続けています。

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