ヘレディタリー/継承

『ヘレディタリー/継承』（Hereditary）は、2018年に制作されたアメリカのホラー映画です。この作品は、アリ・アスター監督にとって記念すべき長編デビュー作であり、主演をトニ・コレットが務めました。公開されるやいなや、批評家から熱狂的な支持を集め、「近年最高のホラー映画」との呼び声も高い一作となりました。

物語の概要

物語の中心となるのは、ミニチュア模型アーティストとして活動するアニー・グラハムとその家族です。長年疎遠だった母エレンの死をきっかけに、アニーは自身の家族が抱える暗い歴史や精神的な問題を深く見つめ直すことになります。母が生前に患っていた解離性同一性障害、餓死した父、被害妄想から自殺した兄、そしてアニー自身の夢遊病。先天的な精神疾患が子どもたちに遺伝するのではないかという、アニーの強い不安が描かれます。

そんな中、アニーの娘である13歳のチャーリーが、ある悲劇的な事故によって命を落とします。この予期せぬ出来事は、グラハム家を深い悲しみと混乱の渦に突き落とし、アニーと16歳の息子ピーターの関係は決定的に悪化します。夫のスティーブは必死に家族の絆を取り戻そうとしますが、悲しみに沈むアニーは、グループ・カウンセリングで出会ったジョーンという老女との交流を深めていきます。

ジョーンに導かれる形で、アニーは交霊術の世界に足を踏み入れます。初めて参加した交霊会での体験をきっかけに、アニーは霊との交信が可能であると信じるようになり、娘の魂と再び繋がろうと試みます。しかし、この行為は次第に家族をさらなる恐怖の淵へと引きずり込んでいきます。ピーターは妹の幻覚に悩まされ、アニーに殺される悪夢を見るなど、精神的に追い詰められていきます。

アニーは、チャーリーが単なる霊ではなく、悪意ある存在として家族にまとわりついているのではないかと疑念を抱きます。娘のスケッチブックが悪霊と家族を結びつけていると考え、それを燃やして悪霊を払おうとしますが、不思議な現象がアニー自身に降りかかります。スケッチブックを燃やすことが、自分自身の肉体にも危険を及ぼすことを悟ったアニーは、処分を諦めます。

さらに恐怖は続きます。アニーは自宅の屋根裏部屋で、信じられないものを発見します。それは、首のない母エレンの腐乱死体でした。母の遺品を調べたアニーは、ジョーンと共に写った写真や、「ペイモン」と呼ばれる悪魔に関する本を見つけます。そこから、母が古代の悪魔崇拝カルトのリーダーであり、その目的が男性の肉体へのペイモン降臨にあること、そしてグラハム家がその儀式に深く関わっている可能性を知るのです。

真実を夫スティーブに伝えようとするアニーですが、夢遊病の既往があるアニーの話をスティーブは信じようとしません。絶望したアニーは、自身の命と引き換えにスケッチブックを処分しようとしますが、炎はアニーではなくスティーブの身体を包み込みます。夫の壮絶な死を目の当たりにしたアニーの精神は崩壊し、何かに憑依されてしまいます。

物語は衝撃的なクライマックスへと向かいます。眠りから覚めたピーターは、焼死した父や、異様な姿に変貌した母、そしてカルトのメンバーに追われることになります。屋根裏に逃げ込んだピーターは、母が行う凄惨な儀式を目撃します。追い詰められたピーターは窓から飛び降りて意識を失いますが、彼の中に何かが憑依することで再び目を覚まします。そして、カルトのメンバーたちに見守られながら、ペイモン降臨の器としてツリーハウスへと迎え入れられ、グラハム家を襲った血塗られた運命が成就する様が描かれます。

主要キャスト

アニー・グラハム：トニ・コレット
スティーブ・グラハム：ガブリエル・バーン
ピーター・グラハム：アレックス・ウルフ
チャーリー・グラハム：ミリー・シャピロ
* ジョーン：アン・ダウド

製作と公開

本作の主要撮影は2017年2月にユタ州で開始されました。2018年6月に全米公開され、A24が配給した作品としては公開初週末の興行収入で当時最高の記録を樹立しました。公開に先立ち、オーストラリアでは子供向け映画の上映時に本作の予告編が誤って流れるという異例のトラブルも発生し、その衝撃的な内容が話題となりました。日本では、ホラー映画としては珍しい「絶叫上映」も試みられましたが、あまりの恐怖に観客が声を出すことすらできなかったというエピソードは、本作の凄まじさを物語っています。

評価

『ヘレディタリー/継承』は批評家から圧倒的な支持を受けました。映画批評サイトRotten Tomatoesでは89%の支持率、Metacriticでは87/100という非常に高いスコアを獲得しています。特にトニ・コレットの全身全霊をかけた演技は絶賛され、「キャリア最高の演技」「アカデミー賞に値する」と評する声も多く聞かれました。批評家たちは、古典的なテーマと緻密な演出、そして息詰まるような恐怖描写を高く評価し、『ローズマリーの赤ちゃん』や『エクソシスト』といった傑作ホラー映画の系譜に連なる作品であると位置づけました。一方で、観客からの評価はCinemaScoreでD+となるなど、批評家ほどの絶賛とはならず、その極端な描写や展開に対する賛否が分かれる傾向が見られました。しかし、その観客を選ばない容赦ない恐怖は、多くの人々の心に深い爪痕を残したことは間違いありません。

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