ヘンリー・カウ (書籍)

ヘンリー・カウ：世界とは問題である

ベンジャミン・ピケット著『ヘンリー・カウ 世界とは問題である』は、エクスペリメンタル・ロックバンド、ヘンリー・カウの伝記と音楽的、政治的分析を試みた書籍です。本書は、1968年の結成から1978年の解散までの彼らの軌跡を、メンバーへのインタビューや未公開のノート、日記、雑誌記事、学術論文などを用いて詳細に描き出しています。

背景と構成

著者のベンジャミン・ピケットは実験音楽史の研究者であり、コーネル大学で音楽准教授を務めています。過去には実験音楽に関する著書や編著を発表しており、ヘンリー・カウについても複数の論文を発表しています。

本書では、ヘンリー・カウの音楽性はもちろんのこと、彼らの政治的立場や、集団としての機能に焦点を当てています。ピケットは、バンドのメンバーや関係者へのインタビューを基に、彼らの音楽、活動、そして内部の葛藤を多角的に分析しています。

ピケットは、記録と記憶の食い違いに直面しながらも、多くの資料を比較検討することで、客観的な視点からヘンリー・カウの実像に迫ろうとしています。書籍の表紙には、彼らの2ndアルバム『不安』のジャケットを飾ったレイ・スミスの靴下の絵が用いられています。また、副題の「世界とは問題である」は、ティム・ホジキンソンがノートに綴った言葉に由来し、パウロ・フレイレの『被抑圧者の教育学』を引用し、ヘンリー・カウが世界を変革しようとした意志を表しています。

内容

本書は、ヘンリー・カウの歴史を年代順に記述し、彼らが音楽産業や社会に対してどのように異議を唱えたかを解説しています。マルクス主義や毛沢東主義を信奉し、政治的立場を明確にしていた彼らは、常に新たなアイデアを追求し、既存の枠組みにとらわれない活動を展開しました。スラップ・ハッピーとの統合や、マイク・ウェストブルック・ブラスバンドとの協働、ロック・イン・オポジション運動の創始などは、その代表的な例です。

ヘンリー・カウの音楽的な特徴である集合的作曲や、主要作品の詳細な分析も行われています。フリスの「Ruins」やホジキンソンの「Living in the Heart of the Beast」などの楽曲を例に、音楽の構造や歌詞について深く掘り下げています。また、彼らの音楽における即興演奏の重要性にも触れ、自由な即興演奏や、スタジオでの即興演奏など、様々な形態の即興演奏について解説しています。

本書では、ヘンリー・カウが厳格な労働倫理を持つコレクティブであった点も強調されています。メンバーは定期的に会合を開き、音楽や活動のあらゆる側面について議論しました。しかし、そのような集団主義的な姿勢は、個人の抑圧につながり、グループ内の緊張や外部協力者との関係に影響を与えました。

ピケットは、ヘンリー・カウ内部の紛争を分析する中で、「コントラヴィヴィアリティ」という言葉を造語しました。これは、グループの音楽形式と合致するような生活への即興的なスタンスの結果として生じる敵対的関係を意味します。メンバー間の相互作用は機能的ではあるものの、冷たく、非個人的なものであり、個人的な問題はタブーとされました。不和は頻繁に表面化し、1978年のサンライズ録音セッション後にバンドは解散に至りました。

評価

本書は、書評家から様々な評価を受けています。

プログレッシブ・ロック雑誌『Prog』のシド・スミスは、本書を「詳細な説明」と評し、ヘンリー・カウの闘争が商業主義やポピュラー文化への対抗となり、英雄的な性格を帯びたと述べています。また、音楽関係の伝記として、彼らのアルバムを再度聴きたくなる衝動に駆られるほど成功していると評価しました。

カンタベリー・ミュージックの雑誌『FaceLift』のフィル・ハウィットは、本書を「決定版の伝記」と評し、細部にこだわった調査がなされていると評価する一方で、いくつかの章について「難解」であるとし、年表の欠如を指摘しています。

『The Free Jazz Collective』誌のフィル・ストリンガーは、ピケットがヘンリー・カウの音楽について「魅力的で非常に読みやすい説明」を記述したと評価し、理想の追求と日常生活のバランスを取ろうとする集団的な取り組みから生じる矛盾に光を当てています。

一方で、『Punk & Post-Punk』誌のルパート・ロイデルは、本書がヘンリー・カウを「自分たちのことを真剣に考えすぎ」で「互いを尊重しなかった」バンドとして描いていると批判しています。また、本書が「なぜヘンリー・カウは、彼らの奇妙で、独特な手法の音楽が、聴衆に広く支持され得ると考えたのか」という問題に取り組んでいない点を指摘しています。

『Jazz Journal』誌のニック・ジョーンズは、ピケットによるヘンリー・カウの分析を「犯罪科学的な」ものと評しつつも、著者が音楽と苦難に焦点を当てるあまり、バンドの人間的な側面を無視していると指摘しています。

まとめ

『ヘンリー・カウ 世界とは問題である』は、ヘンリー・カウの音楽、政治、そして集団としての在り方を深く掘り下げた意欲作です。バンドのファンはもちろん、実験音楽やプログレッシブ・ロックに関心のある読者にとって、必読の一冊と言えるでしょう。

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