ヘンリー・ダフ・リントン

イギリス出身の版画家、そして製図工であるヘンリー・ダフ・リントンは、1815年にスコットランドのアバディーンで誕生しました。彼の父ウィリアム・リントンは産業を営んでおり、母はウェールズ出身のメアリー・スティーヴンソンでした。彼には、自身も著名な版画家、著作家、そして政治活動家として知られる兄、ウィリアム・ジェイムズ・リントンがいました。

リントンはキャリアの初期から、当時のヨーロッパにおいて多大な影響力を持っていたイギリスの主要なイラスト入り定期刊行物に寄稿することで、才能を示しました。「イラストレイテド・ロンドン・ニュース」や「ナショナル・マガジン」といった媒体で、彼は情報や物語を視覚的に伝える重要な役割を担いました。

彼の人生において大きな転換点となったのは、1857年のフランスへの移住です。これは、ナポレオン3世のクーデター後ロンドンに滞在していたフランス人画家エドモン・モランが帰国する際に、彼に同行したことによります。モランは、リントンの兄ウィリアムが1855年に設立した雑誌「Pen and Pencil」にも協力していました。

パリに居を定めたリントンは、フランスの芸術界や文学界の中心人物たちと交流を深めます。写実主義の旗手ギュスターヴ・クールベ、作家シャンフルーリー、そして美術批評家・ジャーナリストのジュール＝アントワーヌ・カスタニャリといった面々と親交を結びました。彼はカスタニャリが審査員の一員であった権威あるサロン・ド・パリにも作品を出展し、フランスの美術界にその存在を知らしめます。

フランス移住と同時期である1857年には、新しいメディアであったイラスト入り定期刊行物の創刊に貢献します。「ル・モンド・イリュストレ」と「ル・ジュルナル・イリュストレ」といった、当時の社会情勢や文化を視覚的に伝える人気の雑誌に、彼はエドモン・モランと共に版画作品を寄稿しました。これらの雑誌は、活字だけでは伝えきれない情報を読者に提供し、リントンの作品は広く読者の目に触れる機会を得ました。また、「ル・モンド・イリュストレ」では、若い画家のフォルテュヌ・メオルに版画技術を指導するなど、後進の育成にも関わっています。

定期刊行物での活動と並行して、リントンはフランスの重要な出版プロジェクトにも参加しました。1860年代からは、ジュール・トゥルガンが編纂したフランス産業史の記念碑的な著作「Les Grandes Usines de France」（フランスの大工場）のために、詳細かつ精密な工場内部や機械の図版を多数制作しました。さらに、ピエール・ラルースが編纂し、後に世界的に知られる「ラルース百科事典」の基礎となった1866年版百科事典では、巻頭や本文に添えられる多数の装飾的な小図版、通称ビネットの制作を手がけました。これらの仕事は、彼の卓越した製図技術と細部へのこだわりを示すものです。

リントンは生涯にわたり、数多くの書籍の図版や製図を手がけました。彼の仕事は、児童書、文学作品、歴史書、美術評論集、オペラ台本など、実に多岐にわたります。例えば、R. Leeの児童書「Playing at settlers」（1855年）、オッフェンバックのオペラ「地獄のオルフェ」台本（1858年）、カスタニャリの美術評論集「Grand album des Expositions de peinture et de sculpture」（1865年）、アレクサンドル・デュマの小説「ジェー・リュ団の仲間たち」の挿絵（1889年版）などが挙げられます。彼の図版は、当時の読者に物語や情報をより鮮やかに伝える上で不可欠な要素となりました。特に、トゥルガンの産業史やラルースの百科事典といった、その時代の知識を集成する試みにおける彼の貢献は、製図家としての彼の重要な功績として記憶されています。

ヘンリー・ダフ・リントンは、イギリスとフランスという二つの文化圏で活躍し、19世紀後半におけるイラストレーションと製図の発展に大きく寄与した人物です。彼の精緻な版画作品は、当時の報道、文化、科学技術、そして出版物の視覚表現を豊かにしました。彼は1899年 1月18日、イギリスのノービトン（現在のキングストン・アポン・テムズ区内）でその波乱に満ちた生涯を閉じました。

もう一度検索