ヘンリー・ハレック

ヘンリー・ウェイガー・ハレックの生涯

ヘンリー・ウェイガー・ハレック（1815年1月16日-1872年1月9日）は、アメリカ陸軍の士官であり、学者、そして法律家という多才な人物でした。軍事研究の専門家として知られ、その慎重な性格から「オールド・ブレインズ（古い脳）」という渾名で呼ばれることもありました。彼はカリフォルニア州の州昇格に重要な役割を果たし、成功した法律家、土地開発者としても名を馳せました。

南北戦争の初期には、西部戦線で北軍の上級指揮官となり、その後、全北軍の総司令官を約2年間務めました。西部戦線では、部下であったユリシーズ・グラント将軍の活躍がハレックの評価を高めました。1864年には、グラントが総司令官に就任した際、ハレックは陸軍参謀総長に「昇進」しました。

ハレックは、戦闘前の周到な準備と防御的な要塞化を重視し、迅速な攻撃には慎重な姿勢を示しました。軍の最高位に立つ者として、管理能力、兵站、政治に関する知識は豊富でしたが、ワシントンD.C.の役職から野戦を効果的に指揮することはほとんどできませんでした。エイブラハム・リンカーン大統領は、ハレックを「一級の事務官以上ではない」と評したことがあります。

若き日のハレック

ハレックは、ニューヨーク州オナイダ郡の農家で、14人兄弟の3番目として生まれました。幼少期から農業を嫌い、家を出て叔父に育てられました。ハドソン・アカデミーとユニオン・カレッジで学んだ後、陸軍士官学校に入学しました。そこで軍事理論家のデニス・ハート・マハンの薫陶を受け、士官候補生でありながら授業を担当するほど優秀でした。

1839年に士官学校を卒業し、工兵少尉に任官しました。ワシントンD.C.の工兵局に勤務し、ニューヨーク港の防衛強化に携わりました。その後、上院に提出した海岸防衛に関する報告書が、ウィンフィールド・スコット将軍の目に留まり、ヨーロッパへの派遣を命じられました。ハレックは、ヨーロッパで要塞やフランス軍について研究しました。

帰国後、ハレックはボストンのローウェル・インスティテュートで講義を行い、その内容を『軍事学と科学の要素』として出版しました。この著作は、アメリカ軍事専門家の先駆けとして評価され、南北戦争で士官が用いる戦術の基礎となったと考えられています。この学術的な業績が、後に「オールド・ブレインズ」という渾名で呼ばれる所以となりました。

米墨戦争とカリフォルニアでの活躍

米墨戦争中、ハレックはカリフォルニアに派遣されました。ウィリアム・シャブリック海軍代将の副官として、ケープホーン経由の航海中に、アンリ・ジョミニの著書『ナポレオンの政治と軍事』を翻訳し、学者としての評価を高めました。カリフォルニアでは、要塞建設に携わり、その後、マサトラン港占領作戦に参加し、占領地の副知事を務めました。

カリフォルニアとメキシコでの活躍により、ハレックは名誉昇進を果たしました。その後、カリフォルニア準州の総督の下で勤務し、州の軍事長官に任命されました。カリフォルニア州憲法を起草する会議にも参加し、重要な役割を果たしました。ハレックは、新しい州で上院議員候補にも挙がりましたが、当選はなりませんでした。政治活動と並行して、法律事務所を設立し、成功を収めました。1854年には陸軍を退役し、翌年にはアレクサンダー・ハミルトンの孫娘と結婚しました。1856年には、息子が誕生しました。

ハレックは、法律家、土地投機家として富を築き、カリフォルニアの歴史資料の収集家としても知られました。彼は、スペイン宣教団と植民地化に関する資料を収集しましたが、その原本は地震で失われました。サンフランシスコでは、最初の耐火建築であるモンゴメリー・ブロックを建設しました。また、鉄道会社の社長や、広大な土地の所有者にもなりました。

南北戦争での活躍

南北戦争が勃発すると、ハレックは名目上民主党員であり、南部寄りの考えを持っていましたが、合衆国の価値を強く信じていました。軍事学者としての名声と、ウィンフィールド・スコットの推薦により、1861年8月、正規軍の少将に任官され、陸軍で4番目に高い地位を得ました。ミズーリ方面軍の指揮官となり、前任者の混乱を速やかに収拾しました。

ハレックは、指揮権を拡大し、責任を回避しようとする傾向がありました。彼は、部下であるユリシーズ・グラントとの関係が円滑ではありませんでした。ハレックは慎重な性格でしたが、グラントの酒癖を問題視し、彼の作戦を拒否しました。しかし、リンカーン大統領の圧力により、ハレックはグラントの作戦を承認し、グラントはヘンリー砦とドネルソン砦を占領する大きな戦果を挙げました。

グラントは国民的英雄となり、ハレックもその功績を認められ、西部戦線での指揮権を掌握しようとしましたが、これは認められませんでした。ハレックは、グラントの酒癖を理由に解任しようとしましたが、リンカーンや陸軍省の圧力で撤回せざるを得ませんでした。

ハレックの方面軍は、1862年初頭に南軍をミズーリ州から追い出し、テネシー州の一部を支配しました。グラントは、ハレックのことを「時代の最大の人物の一人」とみなし、ウィリアム・シャーマンは「指揮の天才」と評していました。

1862年3月、ハレックの指揮権は拡大し、ミシシッピ方面軍となりました。グラントのテネシー軍はシャイローの戦いで大きな損害を受けましたが、ハレックはグラントを副司令官に任命し、自らが大軍団を指揮することになりました。コリンスの包囲戦では、ハレック軍が南軍の2倍の戦力があったにも関わらず、慎重な進軍を続けました。

総司令官としての苦悩

バージニア州での作戦が失敗に終わった後、リンカーン大統領はハレックを東部に呼び寄せ、全北軍の総司令官に任命しました。しかし、リンカーンはすぐにハレックに失望し、「一級の事務官以上ではない」と評しました。ハレックは、部下の将軍たちを刺激し、連携を取らせようとしましたが、うまくいきませんでした。

ワシントンでは、ハレックは管理能力を発揮し、訓練や兵站を改善しましたが、野戦指揮官としては成功しませんでした。彼の冷静で不機嫌な性格は部下から疎まれました。彼は、野戦指揮官に指示を出すことも、統制することもできませんでした。特に、ジョージ・マクレランのような個性の強い将軍は、ハレックの助言や指示を無視しました。

1862年の北バージニア方面作戦では、マクレランにポープ軍を支援させることができず、北軍敗北の原因を作りました。ハレックは、この出来事で信用を失いました。ハレックは、総司令官としての責任を回避しようとしましたが、リンカーン大統領はハレックに全権限を与えました。

ハレックは、自ら選んだわけではない東部戦線の指揮官たちが、ロバート・E・リー将軍率いる北バージニア軍との戦いを避けたがっていることに不満を感じていました。ハレックは、陸軍長官と大統領の軍事顧問として、彼らが決めたことに従うしかない立場にありました。

参謀総長としての貢献

1864年3月、ユリシーズ・グラントが総司令官に就任すると、ハレックは参謀総長に降格されました。しかし、グラントと陸軍局は、ハレックを尊重し、降格を穏便に進めました。

攻撃的な将軍が戦場を指揮するようになると、ハレックの管理能力がグラントを補佐し、彼らはうまく連携しました。1864年のオーバーランド方面作戦とリッチモンド・ピーターズバーグ方面作戦では、ハレックはグラント軍への補給、武器の供給、増強を確実に行いました。ハレックは、総力戦の遂行についてグラントやシャーマンと合意し、シャーマンの海への進軍やシェリダンのシェナンドー渓谷での破壊を承認しました。ハレックは、グラント、シャーマン、シェリダンと共に、近代戦の父の一人と見なされています。

南北戦争後のハレック

南北戦争終結後、ハレックはリッチモンドの軍事地区指揮官に任命されました。リンカーン大統領の葬儀では、棺の担ぎ手を務めました。シャーマンの元南軍兵に対する寛大な態度をめぐり、シャーマンと対立し、友情を失いました。1865年8月には、カリフォルニアの太平洋師団に転属となり、その後、南部師団の指揮官を務めました。

ハレックは、ルイビルで死去し、ブルックリンのグリーンウッド墓地に埋葬されました。サンフランシスコの通りや公園に銅像が建てられ、その功績が称えられています。彼は回顧録を残さず、私的な手紙や備忘録も処分しました。

ハレックの著作

ハレックは、以下の著作を遺しました。

Report on the Means of National Defence（国家防衛手段に関する報告書）（1843年）
Elements of Military Art and Science（軍事学と科学の要素）（1846年）
International law, or, Rules regulating the intercourse of states in peace and war（国際法、すなわち、国家間の戦争と平和に関する規制法）（1861年）
The Mexican War in Baja California: the memorandum of Captain Henry W. Halleck concerning his expeditions in Lower California, 1846–1848（バハ・カリフォルニアにおける米墨戦争：ローワーカリフォルニア遠征に関するヘンリー・W・ハレック大尉の覚書、1845年-1848年）（死後出版、1977年）

また、以下の翻訳も行いました。

A Collection of Mining Laws of Spain and Mexico（スペインとメキシコの鉱山法集纂）（1859年）
Life of Napoleon by Baron Antoine-Henri Jomini （ナポレオンの人生、アンリ・ジョミニ男爵著）（1864年）

ハレックは、その多才な才能と、アメリカの発展に大きく貢献した人物でした。

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