ベティ稲田

ベティ稲田

アメリカ合衆国に生まれ、日本の戦前期から戦後にかけて、ジャズ、そしてハワイアンという多様なジャンルで活躍した日系二世の女性歌手であり女優です。本名を稲田文子といい、1913年11月10日にカリフォルニア州サクラメントで生を受けました。

芸能への道

母親が三味線や日本舞踊を嗜んでいた家庭環境の影響もあり、ベティ稲田は幼い頃から歌や踊りに親しみを持って育ちました。やがて芸能の世界に惹かれるようになり、1933年6月、19歳の時に大きな転機を迎えます。前年に先に日本へ渡り活動していた友人、川畑文子の後を追う形で、当時の日本人歌手としては珍しく、アメリカから単身来日を果たしたのです。来日当初、彼女は日本語をほとんど話せなかったといいますが、その後の活躍を思えば、彼女の才能と情熱がいかに強かったかがうかがえます。

ジャズシンガーとしての台頭

日本での活動は、東京のジャズクラブからスタートしました。アメリカ仕込みのジャズボーカルに加え、ステージ上で見せた大胆な踊りを交えたパフォーマンスは、瞬く間に観客の注目を集め、話題を呼びました。その才能が認められ、1934年2月にはポリドールレコードから「闇夜に口笛吹いて」で歌手デビューを飾ります。翌月には日本コロムビアの専属歌手となり、「島の歌」「誰かあなたを」など、立て続けに新譜をリリースし、ジャズ歌手としての地位を確立していきました。

映画界への進出とテイチク時代

歌手として人気を博す傍ら、ベティ稲田は女優としても活動の幅を広げました。1934年にはPCL製作の映画『踊り子日記』で銀幕デビュー。その後も『舗道の囁き』や、戦後には松竹製作の『満月城の歌合戦』といった作品に出演しています。

1940年には、歌手のディック・ミネの紹介を機にテイチクレコードへ移籍。ディック・ミネとはチームを組んで、日本国内のみならず、満州や樺太への慰問公演にも同行するなど、精力的に活動を展開しました。

戦後のハワイアンへの転向

第二次世界大戦終結後、日本の芸能界は新たな時代を迎えます。ベティ稲田もまた、この時期に大きな音楽性の変化を遂げました。ジャズからハワイアンミュージックへとその軸足を移したのです。この転向には、当時の人気ハワイアンバンド「バッキー白片とアロハ・ハワイアンズ」を率いるバッキー白片のバックアップが大きく影響しました。戦後のSP盤ディスコグラフィーには、「ベンガワンソロ」や「アロハ・ブギウギ」、「夢誘うハワイ」など、バッキー白片楽団との共演によるハワイアンやそれに影響を受けた楽曲が多く見られます。このジャンルチェンジも成功させ、彼女は再び日本の音楽シーンで存在感を示しました。

晩年とアメリカでの生活

日本の芸能界で長く活躍した後、1958年1月、ベティ稲田は故郷であるアメリカ合衆国へと帰国しました。帰国後、彼女は10歳年下のセシル・シルヴァ氏と結婚。夫と共にハンバーガー・スタンドや写真館を経営するなど、芸能界とは異なる分野で新たな人生を歩みました。夫とは、彼女が亡くなるまで長い間連れ添ったといいます。

故郷アメリカで穏やかな生活を送る一方、彼女は日本の地を忘れることはありませんでした。1979年と1991年の二度にわたり、かつて活躍した日本を訪れています。

2001年11月14日、ベティ稲田はカリフォルニア州テンプルにて、88年の生涯を閉じました。日米の文化が交錯する時代に、その才能と情熱で日本の音楽界、そして映画界に確かな足跡を残したベティ稲田。彼女の大胆かつ華やかなパフォーマンスは、当時の多くの人々を魅了しました。ジャズからハワイアンまで、多様なスタイルで聴衆を楽しませたその歌声と存在は、今なお日本のポピュラー音楽史において特筆されるべきものでしょう。

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