ベトナムの雅楽

ベトナム宮廷音楽「ニャ・ニャック」：復活した雅楽の調べ

ベトナムの宮廷で古くから演奏されてきた雅楽「ニャ・ニャック（Nhã nhạc cung đình Huế）」は、その歴史と文化的重要性から、世界的に注目を集める音楽です。15世紀、中国明代の音楽を基盤として誕生し、その後、胡朝、黎朝、そして阮朝と、ベトナム王朝の変遷とともに発展を遂げました。特にフエの宮廷では、重要な儀式や祝典において欠かせない音楽として、長い間受け継がれてきました。

歴史と復活:ニャ・ニャックは、フエの宮廷を中心に発展しましたが、1945年の阮朝滅亡によって奏者たちは各地に散り散りとなり、続くベトナム戦争によって多くの楽譜や楽器が失われました。一時は「忘れられた音楽」と呼ばれるほど、その存続が危ぶまれましたが、聖徳大学の徳丸吉彦教授をはじめとする研究者や音楽家たちのたゆまぬ努力によって、失われた音楽の断片が収集され、復元されました。徳丸教授の提言を受けて1996年にはフエ大学に宮廷音楽コースが設置され、現在では多くの若者が伝統音楽を継承しています。これらの努力が実り、2003年にはユネスコ「人類の口承及び無形遺産の傑作」に宣言され、2009年には正式に無形文化遺産に登録されました。2006年にはフエ遺跡保存センター宮廷音楽合奏団が来日公演を行い、日本の聴衆を魅了しました。

音楽の特徴:ニャ・ニャックは、オーボエの一種である「ケン」や、横笛の「サオ」など、独特の楽器を使用することが特徴です。速いテンポの楽曲が多く、華やかで力強い音楽が特徴です。その音楽様式は中国宮廷音楽の影響を強く受けており、日本の雅楽と姉妹関係にあると言われるほど、共通点が多いとされています。興味深いことに、8世紀にチャンパ王国から日本に伝わったインド系の楽舞が、林邑楽として継承されているという歴史的繋がりも存在します。

文化遺産としての価値:ニャ・ニャックは単なる音楽にとどまらず、ベトナムの歴史、文化、そして人々の精神性を伝える貴重な無形文化遺産です。何世紀にもわたって受け継がれてきた伝統音楽は、ベトナムの人々のアイデンティティを象徴し、未来へと繋ぐ重要な役割を担っています。その音楽の復元と保存は、ベトナムだけでなく、世界中の人々にとって大きな意義を持つと言えるでしょう。ユネスコの世界遺産登録は、この音楽の価値を世界的に認め、保護する上で大きな一歩となりました。ニャ・ニャックの音楽を通して、ベトナムの歴史と文化に触れ、その魅力を堪能することができるのです。

今後の展望:ニャ・ニャックは、現在もフエを中心に演奏され続け、その伝統は確実に受け継がれています。しかし、現代社会において伝統音楽の維持は容易ではありません。若手の育成、楽譜や楽器の保存、そして国際的な交流など、様々な課題が残されています。これらの課題を克服し、ニャ・ニャックの音楽が未来永劫にわたって輝き続けるためには、関係者だけでなく、世界中の人々の理解と協力が不可欠です。ニャ・ニャックという貴重な文化遺産を次世代へと繋ぎ、その美しい旋律を未来へと届け続けることが、私たちの使命と言えるでしょう。

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