ペグ・エントウィスル

ペグ・エントウィスル（Peg Entwistle、1908年 2月5日生）は、ウェールズ出身の舞台および映画女優です。しかし、彼女の名前が世に広く知られるようになったのは、わずか24歳でハリウッドサインの文字から自らの命を絶った悲劇的な最期によってでした。彼女の遺体は1932年 9月18日に発見されましたが、自殺を実行したのはその2日前の9月16日夜と推測されています。公式な没日は、検視官が死亡を確認した9月18日とされています。

生い立ち

本名ミリセント・リリアン・エントウィスルとして、1908年に英国ウェールズのポート・タルボットで、イングランド人の両親のもとに生まれました。幼少期はロンドンのウェストキングストンで過ごしましたが、早くに母エミリーを亡くし、父ロバートは再婚しました。1916年 3月、8歳の時に一家はリヴァプールからニューヨーク行きの船に乗り、アメリカへ移住します。その後、継母、そして1922年には父ロバートもひき逃げ事故で亡くなるという不幸が重なりました。残されたミリセントと2人の異母弟は、ニューヨークでブロードウェイ俳優ウォルター・ハンプデンのマネージャーをしていた叔父に引き取られ、育てられました。

ブロードウェイでの活躍

1925年、エントウィスルはボストンの劇場付属の学校で学び、そこで有望な女優として注目を集めるようになります。ウォルター・ハンプデンの計らいで、エセル・バリモア主演の舞台『ハムレット』に端役で出演し、プロの道を歩み始めました。特にヘンリック・イプセン作『野鴨』でのヘドヴィヒ役の演技は評価が高く、後に大女優となるベティ・デイヴィスが彼女の演技を見て感銘を受け、「ペグ・エントウィスルのようになりたい」と語った逸話が残っています。

1926年にはニューヨークの Theatre Guild に所属し、ブロードウェイ公演『The Man from Toronto』で初めて名前がクレジットされた役を演じました。その後もTheatre Guildを中心に、ジョージ・コーハン、ウィリアム・ジレットといった著名な俳優たちと共演を重ねました。中でも1927年の舞台『トミー』は232回のロングランとなり、彼女にとって最も印象深い役となったようです。

私生活では、1927年にアメリカ人俳優ロバート・キースと結婚しましたが、夫の隠された過去や虐待を理由に1929年 5月に離婚しました。女優としては、1927年の舞台『招かれざる客』が短期間で終了したものの、ニューヨーク・タイムズ紙の批評家からは演技を高く評価されています。彼女はサスペンスから喜劇、純粋な少女役まで幅広い役柄に意欲を見せ、「説得力のある役を演じたい」と語っていました。

しかし、最後のブロードウェイ舞台となった1932年の『Alice Sit-by-the-Fire』は、主演女優のアルコール問題により途中で公演中止となり、エントウィスルを含むキャストは大幅な減給を強いられるなど、苦難も経験しました。

ハリウッドへの挑戦、そして最期

世界恐慌の影響が色濃くなる中、エントウィスルは新たな可能性を求めてロサンゼルスへ渡ります。1932年には舞台『The Mad Hopes』に出演し、ハンフリー・ボガートと共演。批評家からもその演技を高く評価されました。

この舞台の後、彼女はRKO配給のスリラー映画『Thirteen Women』に出演。これが彼女の唯一の映画出演作となります。ショートシーンでの助演でしたが、高予算の話題作でした。しかし、この映画が公開されたのは、エントウィスルの死からおよそ1ヵ月後のことでした。

1932年 9月18日の日曜日、ハイキング中の女性がハリウッドサインの下で遺体を発見し、警察に通報しました。ハリウッドサインの「H」の文字の約100フィート下の峡谷で、身元不明の女性の遺体が発見されます。遺体は、行方不明届が出されていたエントウィスルであることが、警察署に残されていた遺留品と遺書の内容から判明しました。遺書には「私は怖い、私は臆病者です。すべての事にお詫びします。私がもっと前にこうしていたならば、多くの痛みを感じることはなかったでしょう。 P.E.」と記されていました。警察は、彼女がハリウッドサインの「H」の文字によじ登り、そこから飛び降りたものと推測しました。死因は骨盤の複数骨折とされました。

エントウィスルの悲劇的な死は大きな衝撃と共に報じられ、広く人々に知られることとなりました。彼女の葬儀はハリウッドで執り行われ、遺灰はオハイオ州の父の墓の隣に埋葬されました。長らく彼女の名前は墓石に刻まれていませんでしたが、2010年の募金活動により、彼女の78回目の命日とされる日に墓碑が建立されました。

有名になることを夢見て挫折し、その死によってかえって広く知られるようになったという彼女の生涯は、後にドラマなどの題材にもなっています。彼女の悲劇は、ハリウッドの夢と現実の厳しさを象徴する出来事として、今なお語り継がれています。

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