ペストの歴史

ペストの歴史：人類を脅かした感染症の記録

ペストは、ペスト菌 Yersinia pestis の感染によって引き起こされる人獣共通感染症であり、人類の歴史において何度も大流行を繰り返してきました。ネズミなどのげっ歯類が自然宿主であり、ノミを介して人間に感染します。感染経路の違いから、腺ペスト、肺ペスト、敗血症ペストなどの病型があります。

ペストの三大パンデミック

ペストの歴史は、少なくとも3つの大規模なパンデミックに分けられます。それぞれの発生時期やパンデミック分類には議論の余地があります。

1. ユスティニアヌスのペスト (541-750年)：エジプトを発祥とし、地中海沿岸地域を中心にヨーロッパ北西部まで拡大しました。東ローマ帝国の衰退の一因になったとも考えられています。
2. 黒死病 (1331-1855年)：中国を起源とし、シルクロードを通じて中央アジア、地中海、ヨーロッパへと広がり、甚大な被害をもたらしました。ヨーロッパの人口を激減させ、社会構造や経済に大きな影響を与えました。
3. 第三次ペスト (1855-1960年)：中国から世界各地に広がり、特にインドやアメリカ西海岸で流行しました。このパンデミックで、ペスト菌が特定され、感染経路や治療法に関する研究が進展しました。

古代のペスト

ペストは、シルクロードを通じた交易によって東西に伝播しました。2世紀頃にはエジプトやシリアで大流行が発生し、ローマ帝国でもアントニヌスのペストとして知られる流行が発生し、多くの死者を出しました。

アテナイのペスト

紀元前429年、ペロポネソス戦争中のアテナイで発生した疫病は、しばしば「アテナイのペスト」と呼ばれますが、今日では痘瘡や発疹チフスの可能性が高いと考えられています。症状の記録から、ペストである可能性は低いとされています。

アントニヌスのペスト

2世紀にローマ帝国で発生したアントニヌスのペストは、帝国の最盛期に300万人以上の死者を出したとされます。東方から伝播した感染症であり、帝国内に大きな影響を与えました。

ユスティニアヌスのペスト

6世紀に東ローマ帝国で発生したユスティニアヌスのペストは、首都コンスタンティノープルを中心に猛威をふるい、帝国の人口を大幅に減少させました。皇帝自身も感染しましたが回復し、帝国の衰退の一因になったとも考えられています。

中世の黒死病

14世紀にヨーロッパで大流行した黒死病は、ペストの中でも最も悪名高いパンデミックです。中国を起源とする説と中央アジア起源説があり、いずれにしても交易路を通じてヨーロッパに伝播し、人口の3分の1から3分の2にあたる約2000万から3000万人が死亡しました。黒死病は社会、経済、文化に大きな影響を与え、中世社会の崩壊を加速させました。

中国での流行

元朝末期の中国では、14世紀前半にペストが流行し、人口が激減しました。モンゴル帝国の交易路を通じてペストはユーラシア大陸に広がり、ヨーロッパでの大流行の引き金となりました。

中央アジアでの流行

近年、中央アジアの黒海周辺で、黒死病の原因となったペスト菌の祖先が発見され、中央アジア起源説が有力視されています。モンゴル帝国の拡大や交易活動が、ペストの拡散を助長したと考えられています。

ヨーロッパへの上陸

1347年、ペストはクリミア半島を経由してシチリア島に上陸し、ヨーロッパ全土に広がりました。当時のヨーロッパは、都市の発達や気候変動、食糧危機などが重なり、ペストの感染拡大を助長しました。ペストの流行は、社会不安を引き起こし、魔女狩りやユダヤ人迫害などの悲劇も生み出しました。

17世紀から19世紀前半のペスト

ペストはその後も何度か流行を繰り返しましたが、17世紀にはヨーロッパの気候が寒冷化し、飢饉や戦乱が多発したため、「危機の時代」と呼ばれることもあります。1664年から1665年にかけては、ロンドンで大流行が発生し、多くの死者を出しました。18世紀以降も、エジプト、シリア、トルコ、ギリシアなどでペストが蔓延しました。

19世紀後半以降のペスト

19世紀後半には、中国を起源とするペストが世界中に拡大しました。北里柴三郎やアレクサンダー・イェルサンによってペスト菌が発見され、原因が特定されました。植民地主義の展開や交通体系の整備が、ペストの拡散を助長しました。20世紀にはベトナム戦争中にペストが流行し、社会秩序の混乱が伝染病の蔓延を促進しました。

日本での発生

日本にはペスト菌は常在していません。1896年に横浜で最初の感染例が確認されました。1899年には大規模な流行が発生し、当局はネズミの駆除や検疫の強化などの対策を実施しました。1927年以降、国内での感染例はありません。

近年の状況

世界保健機関（WHO）の報告によれば、1991年以降、ヒトペストは増加傾向にあります。アフリカ、アジア、南米などの地域で感染が確認されています。マダガスカルでは、2017年にも流行が発生しました。

ペストは、過去のパンデミックから多くの教訓を与えてくれました。感染症対策の重要性や、社会的な要因が感染拡大に影響を与えることなどが挙げられます。現代においても、ペストのリスクは依然として存在しており、警戒を怠ることはできません。

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