ペリプラズム

ペリプラズム (Periplasmic Space)

ペリプラズムは、細菌の細胞構造の一部であり、特にグラム陰性菌において特徴的に発達した領域です。グラム陰性菌の細胞は、内側の細胞膜（形質膜）と外側の細胞外膜という二枚の生体膜によって囲まれており、この二つの膜の間に広がる空間がペリプラズムと呼ばれます。

グラム陽性菌との比較

細菌は古くからグラム染色への応答性によって、大きくグラム陽性菌とグラム陰性菌に分類されてきました。この分類は、染色性、細胞の外皮構造、そして系統分類を総合的に示す指標とされてきましたが、これらの特徴が常に一致するわけではない場合があることから、曖昧さを含むことが分かっています。しかし、グラム染色性は経験に基づく手法でありながらも、細菌の主要な二つのグループ間における細胞の微細構造や化学組成の明確な違いに基づいています。

特に、グラム陽性菌とグラム陰性菌を区別するより根本的で信頼性の高い基準の一つとして、細胞外膜の有無が挙げられます。グラム陽性菌は単一の脂質膜によって覆われており、その外側に一般的に20〜80ナノメートルと厚いペプチドグリカン層を持っています。この厚い層がグラム染色における色素の保持に関与します。単一の膜を持つ細菌は「モノダーム菌」（monoderm bacteria）と呼ばれることも提唱されています。ただし、モノダーム菌の中にも、ペプチドグリカン層を持たない種類（例：マイコプラズマ）や、細胞壁の性質から染色が弱くグラム陰性を示す種類も存在しますが、これらは系統的にはグラム陽性菌に近いグループに属します。

一方、典型的なグラム陰性菌は、細胞膜と細胞外膜という二つの膜を持つ二重膜構造（ダイダーム菌、diderm bacteria）を呈します。この内膜と外膜の間に形成される空間こそがペリプラズムです。グラム陰性菌のペリプラズムは、細胞の総体積の最大40%を占める場合があるほど広大ですが、グラム陽性菌においてこれに相当する細胞膜と細胞壁の間の領域（inner wall zone: IWZ）は、それに比べてはるかに小さい構造です。

ペリプラズムの構成と機能

ダイダーム菌のペリプラズムには、薄い細胞壁を構成するペプチドグリカン層が存在します。加えて、イオンなどの様々な溶質や多種多様なタンパク質が豊富に含まれています。これらの構成要素が、ペリプラズム空間で非常に幅広い生理機能に関与しています。

ペリプラズムの主な機能としては、以下のようなものが挙げられます。

栄養素の取り込みと輸送: 周囲の環境から栄養素を効率的に捕捉し、細胞膜上の輸送体へ受け渡すための結合タンパク質が存在します。
タンパク質の機能: タンパク質の正しい立体構造への折りたたみ（フォールディング）を助けたり、不要なタンパク質を分解したりする酵素やシャペロンが存在します。
細胞壁の合成と維持: ペプチドグリカン層の合成や分解に関わる酵素が配置されており、細胞の形態維持や分裂に不可欠な役割を果たします。
代謝: アルカリホスファターゼ、環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ、酸性ホスホターゼ、5'-ヌクレオチダーゼなど、様々な加水分解酵素が存在し、外部からの分子を分解して利用可能な形にします。また、一部の細菌では電子伝達系の一部がペリプラズムに存在することもあります。
* 薬剤耐性: 抗生物質などを分解・修飾する酵素や、排出ポンプと連携して薬剤を細胞外へ汲み出す機構の一部がペリプラズムに存在し、薬剤耐性に関与します。

ペリプラズムは細胞内の主要なエネルギー通貨であるATP（アデノシン三リン酸）を含まない環境です。そのため、ペリプラズムに存在する酵素やタンパク質は、ATPに依存しない独自のメカニズムによって機能を発揮します。

モノダーム菌とダイダーム菌の区別は、重要なタンパク質（例えばDnaKやGroELなど、様々な細菌で共通して見られる熱ショックタンパク質）のアミノ酸配列に存在する、グループに特徴的な挿入や欠失のパターン（インデル）からも支持されており、細胞の外皮構造が細菌の基本的な分類や生理機能と深く関連していることが示唆されています。

ペリプラズムは、単なる空間ではなく、グラム陰性菌が外部環境に適応し、生存するために不可欠な多機能領域と言えます。

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