ペンギンズ・メモリー 幸福物語

『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』

1985年に公開された日本のアニメーション映画、『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』は、異色の成り立ちを持つ作品です。本作の源流は、1983年から放映され、瞬く間に人気を博したサントリーCANビールのテレビCMシリーズ「パピプペンギンズ」にあります。CMに登場するペンギンキャラクターが、当時としては斬新なアメリカン・ニューシネマを思わせる作風で描かれた劇場用長編アニメーションとして誕生しました。

制作の背景

サントリーのテレビCMは、静かなジャズバーを舞台に、一羽のペンギン客が女性シンガーの歌声に耳を傾け、感極まって涙を流すという印象的な内容でした。「泣かせる味じゃん」という所ジョージのナレーションで締めくくられるこのCMは、当初、歌唱していた人物や楽曲に関する情報が一切伏せられていたため、大きな話題となりました。やがて、その神秘的な歌声が当時のトップアイドル、松田聖子によるヒット曲『SWEET MEMORIES』（シングル『ガラスの林檎』B面）であることが明らかになると、さらなる注目を集め、ペンギンキャラクターの人気は確固たるものとなりました。この反響を受け、サントリーはペンギンキャラクターを用いた長編アニメーション映画の制作を決定し、CMのアニメーションを手掛けたCMランドに制作を依頼したのです。

本作の原作者である長沢岳夫氏は、物語の着想源として、缶ビールのコピーライターを務めた渡辺裕一氏の「若い頃に放浪の旅をした経験」や「図書館員になりたかったという願望」が大きなインスピレーションになったと語っています。なお、CMシリーズと本映画では結末が異なります。CM版では、女性が夢を追って街を去り、男性は思い出を胸にビールを飲みながら生きていくというエンディングでした。

監督を務めた木村俊士氏は、それまでテレビCMの分野で活躍しており、サントリーのペンギンCMシリーズをはじめ、キユーピーマヨネーズやバドワイザーなど、数多くのCMを手がけてきましたが、長編アニメーションの監督は本作が初めてでした。

物語

物語の主人公は、過酷なデルタ戦争から故郷へと一羽帰還したペンギンのマイク・デイビスです。彼は激戦地で二羽の戦友を失い、自身も腕に傷を負った傷痍軍人。戦場での壮絶な体験は、マイクの心に深い傷（戦闘ストレス反応）を残していました。故郷の人々からは英雄として迎えられますが、その苦しみから逃れられず、安穏な生活を求めて各地を彷徨う旅に出ます。

流れ着いたレイクシティで司書となったマイクは、歌手を夢見るジルと出会います。子供たちに歌を教えていたジルとマイクは互いに惹かれ合い、心を通わせていきます。ジルの歌手への道は順調に進み、都会での本格的なデビューが決まります。ジルはマイクに、一緒にセントラルシティで暮らしたいと願います。しかし、マイクは戦争のトラウマと、静かな街で暮らしたいという自身の願いから、ジルの夢を壊すことを恐れ、一人街を去ろうとします。ジルは歌手になる夢を諦めてでもマイクについていきたいと告げ、彼を引き止めます。

そんな中、ジルのプロデューサーであるボブ・アダムスと彼が雇ったチンピラ二羽組が、ジルを連れ戻そうと襲撃します。この時、マイクが大切にしていた小鳥のチコがチンピラによって命を落とします。チコの死、そして戦争の記憶のフラッシュバックにより、マイクは暴走。ジルが必死に止めに入るまで、ボブを殴り続けます。

マイクは暴行傷害の罪で起訴され、有罪判決を受けますが、情状酌量により執行猶予付きで釈放されます。獄中でジルに別れの手紙を送ったマイクは、再びレイクシティを離れます。しかし、放浪の道の途中で、ジルと再会。二羽は共に新たな旅へと出発するのでした。

主な登場人物

マイク・デイビス：本作の主人公。デルタ戦争で心の傷を負った傷痍軍人。静かな生活を求め、ジルとの出会いを経て心を癒していく。
ジル：本作のヒロイン。歌手になることを夢見るペンギン。マイクとの出会いが人生を大きく変える。
マダム・オハラ：レストランのオーナー。実はジルの母親であり、かつて歌手を志した経験を持つ。
ジャック：病院に勤務する腕利きの外科医。ジルの婚約者だが、複雑な事情を抱える。
* ボブ・アダムス：レコード会社のプロデューサー。ジルの才能を見出しながらも、金銭的な欲望に突き動かされる。

スタッフ・キャスト

本作の監督は木村俊士。脚本は河野洋らが担当。音楽監督は松任谷正隆が務めました。主要なキャストには、マイク役に佐藤浩市、ジル役に鶴ひろみ（歌唱は松田聖子）、マダム・オハラ役に藤田弓子、ジャック役に奥田瑛二といった、豪華な顔ぶれが揃っています。

その後

本作はかつてVHSビデオやレーザーディスクが発売されていましたが、現在は廃盤となっており、残念ながらDVD化もされていません。関連作品としては、サウンドトラックが発売されているほか、人間のベトナム戦争を動物に置き換えて描いた漫画『Cat Shit One』の作者が、本作のペンギンを参考に動物キャラクターを用いたと語っています。

ユニークな出自を持ちながらも、戦争の傷、愛、そして夢という普遍的なテーマを、どこか影のあるノスタルジックな雰囲気の中で描き出した作品として、『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』は今なお語り継がれています。

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