ホッローケー

ホッローケー：時を超えて息づく伝統の村

ハンガリーのノーグラード県に位置するホッローケーは、その美しい村落景観から「ハンガリーで最も美しい村」と称されることもあります。この村は、1987年にユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録されたことで広く知られるようになりました。特筆すべきは、ホッローケーが世界遺産に登録された村落の中で最初期のものであるという点です。

地理と自然

ホッローケーは、首都ブダペストの北東に位置し、スロバキアとの国境にも近い場所にあります。村はチェルハート山脈の渓谷に抱かれ、一帯は保護地区として豊かな自然が守られています。この山脈の名前は、かつて山腹に多く自生していたターキー・オーク（ブナ科の植物）に由来します。現在では、ターキー・オークだけでなく、フユナラ、カシ、セイヨウサンシュユなど、様々な種類の樹木が茂っています。また、スプルースやアカシアの人工林も存在しており、この豊かな自然環境は、アカシカ、ノロジカ、アナグマ、イノシシなど、多種多様な哺乳類や野鳥の生息を支えています。

歴史の足跡

ホッローケーという名前は、ハンガリー語で「ワタリガラス」を意味する「holló」と、「石」を意味する「kő」を組み合わせたものです。伝説によれば、有力者が隣国からさらってきた美女を幽閉するために城を建て、その際、悪魔の力を借りてカラスが石を運んで城を築いたとされています。また別の伝説では、魔女がカラスに石を運ばせて城を築いたとも伝えられています。この村の紋章にもカラスが使われていることからも、カラスと村の深い繋がりが伺えます。

1342年には教区に関する記録が残っており、ホッローケー村はこの頃には存在していたと考えられます。村の歴史はさらに古く、1310年の文書にはホッローケー城の名前が見られます。

ホッローケー城

村を見下ろすサールの丘に建つホッローケー城は、1241年から1242年のモンゴル帝国侵攻への備えとして築かれました。ハンガリー王ベーラ4世は、全国に防塞の建設を命じ、ノーグラード一帯だけでも42の城が建てられたとされています。当初は五角形の塔のみでしたが、数世紀をかけて増築が繰り返され、現在のような姿になりました。この城は、フス戦争の際には宗教改革派を阻む防壁としての役割も果たしました。

1526年のモハーチの戦いでの敗北後、ハンガリーはオスマン帝国の支配下に置かれ、ホッローケー城も1552年から1683年までトルコ勢力圏にありました。しかし、城は支配において重視されなかったため、トルコ支配が終わる頃には荒廃していました。この荒廃が、1711年の王令による城塞破壊を免れる要因となりました。現在ではハンガリー北部に残る城砦建築の中でも保存状態が良く、1966年から約30年間をかけて修復作業が行われました。

伝統的な村落の形成

ホッローケーの住民はパローツ人と呼ばれ、クマン人の流れを汲むとされています。彼らは木造の家を建てて生活していましたが、火災による焼失と再建を繰り返してきました。1781年には木造建築を禁止する法令が出されたものの、その伝統は守られました。村の基本的な区画は1885年に確定し、現在もほぼ変わっていません。ただし、1909年の大火によって建造物の大部分が焼失したため、20世紀に入ってから再建されました。再建の際には、石壁を主体とし、木造は限定的に取り入れられるようになりました。

20世紀以降

20世紀、ホッローケーは経済的に取り残された地域となりました。周辺では自給自足の経済が営まれていましたが、地質の悪さから貧しく、鉄道や幹線道路からも離れていました。1950年代以降、ハンガリーが経済成長を遂げても、ホッローケーはほとんど影響を受けませんでした。しかし、このことが結果的に、共産主義政権下の集団農場化を免れ、伝統的な集落が良好な状態で保存されることに繋がりました。1987年には、人が住んでいる村落として初めて世界遺産に登録されました。

行政と経済

現在の自治体が成立したのは1990年で、それ以前はナギローツとの共同村議会が存在しました。現在の課題は、高齢化が進む村の人口構成です。また、世界遺産登録地域の保全や文化の継承も重要な課題となっています。観光業は村にとって重要な収入源ですが、伝統的な景観を保持するために大規模な観光開発は行われていません。失業率は近隣市町村に比べて高めで、雇用創出も行政の課題となっています。

世界遺産

ホッローケーは、1987年に「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区」とともに、ハンガリーで初めて世界遺産に登録されました。ICOMOSの評価書には「ホッローケー、農村建築物群」と記載されましたが、正式登録名は単に「ホッローケー」となりました。2003年には「ホッローケーの古い村落とその周辺」と改称されました。

パローツ様式と文化

ホッローケーの家々は、パローツ様式と呼ばれる独特の建築様式で建てられています。壁は泥と藁を混ぜたものに石灰を塗って作られ、屋根は入母屋造が主体です。破風には木製の飾り格子があり、それぞれの家を区別する家紋のような役割を果たしています。これは装飾だけでなく、煙の通り道としても機能しています。外観は2階建てに見えますが、実際には石造りの地下室と木造の平屋で構成されています。パローツの伝統は、美しい刺繍が施された民族衣装にも表れています。特に女性の正装は、多重のスカートやエプロンからなる美しい民族衣装で、現在でも日曜礼拝などで着用されています。また、地元ではパローツ方言が話されてきましたが、標準語の使用が強制されていたため、現在では高齢者しか話せません。

登録対象

登録範囲は約140ヘクタールで、コシュート・ラヨシュ通りとペテーフィ・シャーンドル通りの沿いに建つ65軒の家屋や、菜園、ホッローケー城などが含まれています。コシュート通りには、伝統文化を伝える「村の博物館」、郵便博物館、人形博物館などがあります。通りの端には、14世紀に建造され、後に再建された木造教会が建っています。裏通りのペテーフィ通りには、陶芸家や彫刻家の工房があり、民芸品の展示も行われています。ホッローケー城には城博物館が設けられ、歴史を伝える蝋細工や兵器が展示されています。

保全活動

ホッローケーは、世界遺産登録前から文化財保護法に基づき保存活動が行われてきました。1977年以降、世界遺産登録地域と重なる141ヘクタールが「ホッローケー景観保護区」とされています。保護主体は世界遺産委員会内とされていますが、実質的な管理は保護委員会が行っています。伝統的な住居の増改築には、村役場の許可が必要です。近年、伝統的な住民は利便性の高い新市街に移住する傾向にあり、世界遺産登録地域内の住民はパローツ文化に憧れて移住してきた知識人が多くなっています。村では、伝統文化の教育にも積極的に取り組んでいます。

登録基準と登録名

ホッローケーは、世界遺産登録基準の(5)、「ある文化（または複数の文化）を代表する伝統的集落」に該当すると認められ登録されました。登録名は、「ホッローケーの古い村落とその周辺」です。

観光アクセス

ホッローケーには年間数万人の観光客が訪れます。ブダペストからは直通バスが出ており、約2時間で到着します。復活祭などの伝統行事の時期には、幹線道路が渋滞することもあります。

その他

ホッローケーは、人が住む村落としては初期に世界遺産に登録された例の一つであり、その後のヴルコリニェツや白川郷・五箇山と並んで、伝統的な生活と文化が守られている貴重な場所として評価されています。


ホッローケーは、その独特な文化と美しい景観で、訪れる人々を魅了し続けています。

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