ボストン大火

1872年のボストン大火

1872年11月9日午後7時20分、マサチューセッツ州ボストンのサマー・ストリートにある商品倉庫の地下から発生した火災は、瞬く間に市中心部へと拡大しました。この火災は、ボストンの歴史上最大、そしてアメリカ合衆国の歴史においても類を見ないほどの物的被害をもたらした惨事として記録されています。

炎は12時間以上にわたって燃え続け、ボストン中心部の広範囲、約65エーカー（26ヘクタール）を焼き尽くしました。金融街の大部分を含む776棟もの建物が炎上し、被害総額は当時の金額で7350万ドルに達しました。この大火災により、少なくとも20名の尊い命が失われています。

被害拡大の要因

このボストン大火で被害がこれほどまでに拡大した背景には、複数の複合的な要因が存在しました。

まず、当時のボストンには建築に対する有効な規制が存在せず、防火性能に問題のある建築が進められても、それを是正する公的権力が機能していませんでした。加えて、建物の所有者たちは、建物の価値を上回る過剰な保険をかけているケースが多く、防火に優れた建物を建てるインセンティブが低かっただけでなく、保険金目当ての放火さえ横行していたとされています。

建物の構造自体にも問題がありました。多くの建物が燃えやすい木製のフランス風マンサード屋根を採用しており、火は屋根から屋根へと急速に燃え広がりました。さらに、狭い街路では通りを挟んだ向かい側にも容易に飛び火し、火の粉や焼けた破片が広範囲に飛散して新たな火災を誘発しました。

初期対応の遅れも指摘されています。消防機関への通報に用いられる火災報知設備にいたずら防止のための鍵がかけられていたため、ボストン消防局の出動が約20分も遅れる結果となりました。

また、商業者たちは屋根裏に在庫を置いても課税されないため、可燃性の高い羊毛や繊維製品、紙類などを木製の屋根裏に大量に保管していました。これも火災の拡大を助長する要因となりました。

消防活動を妨げる物理的な問題も多々ありました。中心市街地の水道管は老朽化し、送水圧も低かったことに加え、消火栓の接続口径が標準化されていませんでした。商業地区には消火栓や防火水槽の数自体も不足していました。

当時、北米で流行していた馬インフルエンザにより、ボストン消防局は馬を十分に動員できない状況にありました。このため、通常は馬車で運ばれる消防装置を、ボランティアの人々が人力で運ばなければなりませんでした。この点はしばしば火災拡大の主要因として挙げられますが、その後の検証では、消防隊の到着遅延は数分程度だったとされています。

さらに、火事場泥棒や野次馬が消火活動の妨げとなりました。そして、当時の蒸気機関の消防ポンプは、中心市街地に立ち並ぶ高い建物の木製屋根まで水を届かせることが困難でした。

街灯や建物の照明に供給されていたガスも、直ちに停止されませんでした。ガス管は各所で爆発を起こし、火勢をさらに強める結果となりました。

火災中の出来事と影響

ボストン大火の最中には、様々な出来事が起こりました。作家のオリバー・ウェンデル・ホームズは自宅から火災を注視し、発明家のアレクサンダー・グラハム・ベルも目撃証言を新聞社に送りました（掲載はされませんでしたが）。この火災は、前年にシカゴ大火が発生したわずか1年後に起こったことも注目されます。

延焼を防ぐ目的で、火の進行方向にある建物が火薬で破壊される試みも行われました。しかし、この爆破作業は効果よりも損害の方が大きかったとする見方が一般的です。

遠く離れたメイン州沖を航行する船の航海日誌には、ボストン上空が火災によって明るく照らされていたことが記録されています。バーモント州を除くニューイングランド各州からは、列車に消防ポンプや消防隊員、そして多数の見物人を乗せて救援が駆けつけました。

特にニューハンプシャー州マンチェスターからは、製造番号1番のアモスケグ蒸気消防ポンプと、最初の自動式アモスケグポンプが到着し、消火活動に大きく貢献しました。ボストン市はこの自動式ポンプの働きに感銘を受け、後に購入しています。

延焼地域では、火事場泥棒が横行し、鎮圧のために継続的な警戒が必要でした。歴史的な建造物であるオールド・サウス・ミーティング・ハウスは、濡らした毛布で消火にあたった市民と、ポーツマスから駆けつけた「キアサージ」という名の蒸気消防ポンプの活躍により、焼失を免れました。

この大火では、現在もボストンでよく知られている多くの事業所が被災しました。『ボストン・グローブ』や『ボストン・ヘラルド』といった新聞社、宝飾店のシュリーブ・クランプ・アンド・ロウ、インク製造のカーターズ・インク・カンパニーなどが含まれます。

後年、「連邦食品・医薬品法の父」と呼ばれるアメリカ食品医薬品局初代コミッショナーとなるハーヴェイ・W・ワイリーは、当時ハーバード大学の学生として消火活動に参加し、その経験を自伝で語っています。

大火後の復興と変化

ボストン大火は、数千人の市民から職や住居を奪い、数百の事業所を破壊し、数十社の保険会社を破綻させるという甚大な経済的打撃を与えました。しかし、驚くべきことに、焼失地区はわずか2年ほどの間に、主に不動産業者による私的資本によって急速に再建されました。

復興の過程では、単なる再建に留まらない都市計画的な改善も行われました。ボストン中心市街地の街路が何本も拡幅され、特にコングレス・ストリート、フェデラル・ストリート、パーチェス・ストリート、ホーレー・ストリートなどが広がり、ポスト・オフィス・スクエアには新たな空間が確保されました。また、火災で生じた大量の瓦礫は、港の埋め立てに利用され、アトランティック・アベニュー周辺の土地造成に役立てられました。

市の当局は、中心市街地の不動産所有者16名の再建資金を調達するため公債を発行しましたが、対象区域外の市民から不当だとして訴訟が起こされ、原告が勝訴するという出来事もありました。

ボストン大火は、多くの犠牲と損失をもたらしましたが、その後の急速な再建と都市計画による改善は、ボストンの街を現代へとつなぐ重要な転換点となりました。

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