ボビニー裁判

ボビニー裁判とは：中絶合法化への道を開いた歴史的裁判

ボビニー裁判は、1972年にフランスのボビニー（セーヌ＝サン＝ドニ県）で行われた、人工妊娠中絶に関する裁判です。当時、フランスでは人工妊娠中絶が非合法であり、この裁判は、中絶を巡る社会的な議論を大きく喚起し、その後の法律改正に繋がる重要な転換点となりました。

事件の背景

1972年、16歳の女子高校生マリー＝クレール・シュヴァリエが強姦被害に遭い妊娠しました。彼女は、経済的に困窮しており、夫が失踪し女手一つで3人の娘を育てる母親ミシェルに相談します。産婦人科医は中絶手術を拒否しませんでしたが、ミシェルの月収の3倍に相当する高額な手術代を要求しました。経済的余裕のないミシェルは、非合法で中絶を行う女性に頼らざるを得ませんでした。しかし、紹介をたらい回しにされた上、最終的に依頼した女性による手術は不衛生で、マリー＝クレールは術後に出血し、病院に搬送される事態となります。

数週間後、強姦犯が逮捕され、彼は罪を軽くするために、マリー＝クレールが違法な中絶手術を受けたことを警察に告発しました。これにより、マリー＝クレールとミシェル、そして中絶に関わった3人の女性が逮捕されることになります。

ミシェルは、以前に読んだ拷問に関する本の著者であった弁護士ジゼル・アリミに弁護を依頼。アリミは、この事件を単なる犯罪としてではなく、中絶禁止法の不当性を訴えるための政治的な闘いの場として捉え、弁護を引き受けました。

支援運動の展開

シモーヌ・ド・ボーヴォワールとジゼル・アリミは、中絶により起訴された女性を支援する団体「選択権」を設立していました。彼女たちは、中絶だけでなく、避妊やそれらに関する情報提供すら禁じる法律が不当であると主張。貧しい女性は安全な中絶手術を受けることができないという現実に焦点を当て、「金持ちは英国へ、貧乏人は牢獄へ！」というスローガンのもと、女性解放運動（MLF）と共にデモを展開しました。この運動はメディアで大きく取り上げられ、社会的な注目を集めました。

裁判の行方

1972年10月、マリー＝クレールの裁判が非公開で行われ、彼女は「精神的、社会的、家庭的な状況により抗えない制約を受けた」として無罪となりました。続く11月、成人4人の公開審問が行われました。アリミは、この裁判を「裁判官の頭越しに世論に訴える」ための場と捉え、中絶禁止法自体の有効性を問いました。

シモーヌ・ド・ボーヴォワール、ジャン・ロスタン、ジャック・モノー、フランソワ・ジャコブ、デルフィーヌ・セイリグなど、多くの著名人が証人として出廷し、中絶の権利を訴えました。ミシェル・シェヴァリエから相談を受けた女性2人は無罪となり、ミシェルは執行猶予付きの罰金刑となりましたが、控訴院が裁判日程を決定しないまま時効を迎えました。中絶手術を行ったミシュリーヌ・バンビュックは、執行猶予付きの禁錮刑を言い渡されました。

裁判の影響

「選択権」は、裁判の一部始終を記録した書籍を出版し、大きな反響を呼びました。ミリエ医師は、「私だったらマリー＝クレールの中絶手術を引き受けただろう」という記事を発表し、裁判はラジオやテレビでも特集されました。ジョルジュ・ポンピドゥー大統領も、中絶に関する現行法の見直しを示唆しました。

ボビニー裁判は、メディアで大々的に報道され、世論を大きく動かし、1975年のヴェイユ法による人工妊娠中絶の合法化への道を開いたのです。

この裁判は、女性の権利、貧困、法律の不平等、そして社会正義について深く考えさせられる、フランス史における重要な出来事として記憶されています。

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