ボリス・スパスキー

ボリス・ヴァシーリエヴィッチ・スパスキー

ボリス・ヴァシーリエヴィッチ・スパスキー（ロシア語: Бори́с Васи́льевич Спа́сский, 1937年 1月30日生 - 2025年 2月27日没）は、ソビエト連邦（現ロシア）出身の傑出したチェスプレーヤーです。彼は1969年から1972年まで、チェスの世界チャンピオンとして君臨しました。レニングラード（現在のサンクトペテルブルク）で生を受けたスパスキーは、幼い頃からその才能を開花させました。

キャリアの形成期と台頭

スパスキーの国際舞台での躍進は早く、1955年にベルギーのアントウェルペンで開催された世界ジュニアチェス選手権で優勝し、インターナショナルマスターの称号を獲得しました。同年には、初めて出場したインターゾーナル戦で7位タイという好成績を収め、翌年の挑戦者決定戦への出場権を得ると同時に、チェスの最高位称号であるグランドマスターとなりました。この早い時期からの成功は、彼の将来を嘱望させるものでした。

世界王座への挑戦と戴冠

チェスの世界チャンピオンを目指し、スパスキーは挑戦者決定戦を勝ち進みました。1966年、彼は当時の世界チャンピオンであったチグラン・ペトロシアンに初めて挑戦しましたが、この時は惜しくもタイトル獲得には至りませんでした。しかし、彼は諦めず、1969年に再びペトロシアンへの挑戦権を得ると、今度はペトロシアンを破り、念願の世界チャンピオンの座に就きました。この勝利により、彼は世界のチェス界の頂点に立ちました。

伝説の対決と失冠

スパスキーの世界王者としての最大の試練は、1972年にアイスランドのレイキャヴィークで行われたアメリカ合衆国のボビー・フィッシャーとの世界選手権でした。冷戦下における両国の代表によるこの対決は、「世紀のチェス対決」として世界的な注目を集めました。この歴史的なシリーズで、スパスキーはフィッシャーに敗れ、世界チャンピオンのタイトルを失いました。この一戦は、チェス史において最も有名でドラマチックな出来事の一つとして語り継がれています。

その後の人生

世界チャンピオンのタイトルを失った後、スパスキーの人生には大きな変化が訪れました。1975年にはフランスへ亡命し、そこでフランス人女性と3度目の結婚をしました。彼はその後もチェスプレーヤーとして活動を続けましたが、かつてのような圧倒的な存在感を示すことは少なくなりました。

晩年

2000年代に入って、スパスキーは健康上の問題を経験しました。2006年10月にはサンフランシスコでの講演中に軽い脳卒中を発症しました。回復後、2007年4月にはハンガリーのグランドマスター、ラヨシュ・ポルティシュとの対戦で復帰を果たしました。2010年3月には、ワシリー・スミスロフの死去に伴い、存命中の元世界チャンピオンとしては最高齢となりました。しかし、2010年9月にはさらに深刻な脳卒中に見舞われ、左半身に麻痺が残りました。彼はフランスで長期間のリハビリテーション生活を送りましたが、2012年8月、複雑な経緯を経てフランスを離れ、故郷であるロシアに戻り、モスクワのアパートに居を構えました。

晩年もチェス界との関わりは続き、2016年9月にはタリ・メモリアルの開会式でスピーチを行い、旧友であるミハイル・タリとの思い出や、ボビー・フィッシャーとミハイル・ボトヴィニクの対戦に関する逸話などを披露しました。この時のスパスキーは、「元気な様子だった」と報じられています。

ボリス・ヴァシーリエヴィッチ・スパスキーは、2025年 2月27日に88歳でその生涯を閉じました。彼の卓越した才能と、特にボビー・フィッシャーとの歴史的な一戦は、世界のチェスファンに深く記憶されています。