ボリス・ブラッハー

ボリス・ブラッハーとは

ボリス・ブラッハー（Boris Blacher, 1903年1月19日 - 1975年1月30日）は、20世紀ドイツを代表する現代音楽の作曲家です。その生涯は、音楽の多様な表現を追求した軌跡であり、教育者としても多くの才能を育てました。

生涯と経歴

ブラッハーは、父親がエストニア出身のバルト・ドイツ人という家庭に生まれ、中国の満州、現在の営口で生を受けました。国際的な環境で育ち、1919年にはハルビンへ移住。学校を卒業後、1922年にドイツの首都ベルリンへと渡ります。

当初、彼は音楽とは異なる分野、すなわち数学と建築を学びましたが、やがて音楽の道へと転向し、作曲家としての活動を開始しました。この異分野での学びが、彼の音楽における論理的かつ構造的な思考に影響を与えた可能性も指摘されています。

音楽スタイルと技法

ブラッハーの初期の作品は、ジャズの要素を取り入れた新古典主義のスタイルに特徴があります。例えば、「パガニーニの主題による変奏曲」には、当時の音楽シーンにおける新しい潮流への関心が反映されています。

しかし、彼の名は特に、自身が提唱した独自の作曲技法「可変拍子（variable Metrik）」によって知られています。これは、従来の固定された拍子体系から離れ、楽譜上で拍子が体系的に変化していくことで、リズムに新たな次元をもたらそうとする試みでした。この技法は、バルトーク・ベーラの民族音楽研究に由来するメトリック構造の応用を発展させたものと言われます。

「可変拍子」は、一時期、前衛的な音楽技法として注目されましたが、1950年代以降に隆盛を迎えるトータル・セリエリズムのようなより厳格な音列技法が音楽界の中心となる中で、主流からは外れていきました。

それでもブラッハーは、新しい時代の音楽語法に対して常に開かれた姿勢を保ち続けました。言葉の意味よりも音響や構造に焦点を当てた「抽象オペラ第1番」や、調性を扱いながらもひねりの効いた表現を見せる「24の前奏曲」など、晩年に至るまで意欲的な創作活動を続けました。

教育者として

ブラッハーは優れた作曲家であると同時に、多くの後進を育成した教育者としても音楽史に名を残しています。彼の指導のもとからは、石井眞木、甲斐説宗、吉崎清富といった日本の作曲家をはじめ、クラウス・フーバー、ユン・イサン、ヘルベルト・ケーゲル、カレヴィ・アホ、ギーゼラー・クレーベ、アリベルト・ライマン、ゴットフリート・フォン・アイネム、ルドルフ・ケテルボーン、パウル・グタマ・スギヨなど、国際的に活躍する数多くの作曲家や指揮者が輩出されています。彼の教育は、多様な才能を育て、それぞれの個性を引き出すものであったと言えるでしょう。

家族

ブラッハーは、著名なピアニストであるゲルティ・ヘルツォークと結婚し、音楽家一家を築きました。息子であるコーリャ・ブラッハーは現在ヴァイオリニストとして、娘のタチアナ・ブラッハーは女優として活動しており、芸術の分野でその血筋が受け継がれています。

主要作品

ブラッハーの創作活動は多岐にわたり、オペラ、バレエ、管弦楽曲、室内楽曲など、幅広いジャンルに作品を残しています。

オペラ：『抽象オペラ第1番』、『ロメオとジュリエット』
バレエ：『ハムレット』、『リシストラタ』
管弦楽曲：『パガニーニ変奏曲』、ヴァイオリン協奏曲、クラリネット協奏曲
器楽曲：『可変拍子による7つの研究』、『24の前奏曲』

また、音楽理論に関する著作『厳格書法の手引き』や、ゴットフリート・フォン・アイネムのオペラのための台本なども手がけています。

まとめ

ボリス・ブラッハーは、国際的な背景を持ち、ジャズや新古典主義、そして独自の「可変拍子」といった多様なスタイルを探求した作曲家です。前衛音楽の動向にも柔軟に対応しつつ、晩年まで創作意欲を失いませんでした。さらに、多くの優れた音楽家を育てた教育者としての功績は大きく、20世紀後半の音楽史における重要な人物として記憶されています。

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