ボリス・ベレゾフスキー

ボリス・アブラモヴィチ・ベレゾフスキー（1946年1月23日 - 2013年3月23日）は、ロシアにおけるポスト・ソ連時代を象徴する企業家であり政治家です。当初は応用数学の研究者としてアカデミズムの世界に身を置き、博士号を取得し、ソ連科学アカデミーの会員にも選ばれています。しかし、ソビエト連邦の崩壊という激動期を経て、実業家へと華麗な転身を遂げ、新興財閥、いわゆる「オリガルヒ」の代表的人物の一人として急速に台頭しました。

彼のビジネスにおける最初の大きな成功は、1989年に設立した自動車販売会社「ロゴヴァズ」でした。国の輸出奨励策を巧みに利用し、国産車を安価で仕入れて国内で販売することで莫大な利益を上げ、さらにメルセデス・ベンツやゼネラル・モーターズなどの外国車ディーラーとしても成功を収めます。巨万の富を築く一方で、事業拡大の過程で多くの敵を作り、1994年の自動車爆破事件をはじめとする複数の暗殺未遂に遭遇しています。

ロゴヴァズでの成功を足がかりに、事業は多角化していきます。大手石油会社シブネフチ（シベリア石油会社）の設立に尽力し、これを実質的に支配下に置いたほか、国際航空会社アエロフロートなど、ロシアの基幹産業を担う優良企業の株式を次々と取得していきました。これらの事業に資金を供給するため、アフトヴァース銀行や統一銀行といった金融機関も傘下に収めています。

特に力を注いだのがメディア分野です。テレビ、新聞、雑誌といったあらゆる媒体を積極的に買収・支配下に置き、その影響力は絶大なものとなりました。国営放送だったロシア公共テレビ（ORT）を事実上掌握し、有力経済紙コメルサントや独立新聞ネザビシマヤ・ガゼータなどを傘下に収め、自らの意図に沿った世論形成を図ったのです。

エリツィン政権下において、ベレゾフスキーは単なる実業家にとどまらず、政治の舞台で裏から影響力を行使する「政界の黒幕」として知られるようになります。1996年の大統領選挙では、共産党候補に追い詰められたエリツィン大統領の再選を強力に後押ししました。他の有力オリガルヒたちと連携し、「13人の手紙」を公表して共産党に妥協を迫り、拒否されるや傘下メディアを総動員してエリツィン支持キャンペーンを展開しました。この選挙での功績により、彼はエリツィン大統領の側近グループ「セミヤー」の一員となり、ロシア安全保障会議副書記やCIS執行書記といった要職に就任します。この時期、「7人の銀行家」と呼ばれる自分を含むオリガルヒたちが、ロシアの経済とメディアを掌握し政権を支えていると公言して憚りませんでした。

しかし、1998年後半の金融危機後、エフゲニー・プリマコフが首相に就任すると、彼ら「セミヤー」に対する汚職追及の圧力が強まり、ベレゾフスキーもCIS執行書記を解任される憂き目にあいます。その後、プリマコフが解任されたことで一時的に復権を果たし、1999年の下院選挙では政権与党「統一」の結成と選挙運動に多額の資金を提供し、ORTを駆使してその勝利に貢献しました。彼自身も下院議員に当選していますが、第二次チェチェン戦争に反対するなど、政権との間に微妙な距離が生じ始めます。

2000年にウラジーミル・プーチンが大統領に就任すると、オリガルヒの影響力削減を目指す新政権の方針と対立します。ベレゾフスキーはプーチンに対抗する勢力を糾合しようとしますが、世間からは「国賊」として見なされるようになり、賛同を得られず孤立を深めます。同年7月に下院議員を辞職。

さらに2001年には、保有していたORTの株式放棄を余儀なくされます。アエロフロート資金横領疑惑などで検察当局による追及が強まり、逮捕を逃れるため国外への脱出を図りました。2002年、本人不在のまま詐欺罪で起訴され、ロシア国内に戻ることはできなくなりました。

亡命先のイギリスでは、プーチン政権への厳しい批判を続け、反体制派への支援を行いました。2007年にはガーディアン紙のインタビューで「プーチン政権を武力で転覆しなければならない」と発言し、ロシア政府の猛反発を招きます。同年にはロンドンで彼に対する殺人謀議容疑でロシア人男性が拘束される事件も発生し、英露関係の悪化に拍車がかかりました。

2013年3月23日、イギリスで死去しているのが確認されました。その死因は弁護士によって自殺と発表されています。かつて莫大な富と権力を手にしたベレゾフスキーでしたが、晩年は複数の訴訟（特に元妻との離婚訴訟やロマン・アブラモヴィッチとの訴訟）に関連する多額の費用負担に苦しみ、絵画コレクションやクラシックカーなど資産の売却を進めるなど、資金繰りが逼迫していたと報じられています。数学者からオリガルヒ、そして亡命者へと劇的な生涯を送った人物として、ロシア現代史にその名を刻んでいます。

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