ボーダー病ウイルス

ボーダー病ウイルス

ボーダー病ウイルス（Border disease virus; BDV）は、フラビウイルス科ペスチウイルス属に分類される一本鎖RNAウイルスです。このウイルスは、ヒツジやヤギを含む多くの偶蹄類動物に感染し、特にヒツジやヤギにおいては「ボーダー病」と呼ばれる重要な疾患を引き起こします。畜産業界においては、本病による繁殖障害などが経済的な損失の大きな原因の一つとなっています。

ウイルスの特徴

ボーダー病ウイルスの粒子、すなわちビリオンは球状の形態を呈しており、エンベロープと呼ばれる脂質二重膜の外膜に覆われています。このエンベロープは、ウイルスの宿主細胞への侵入に重要な役割を果たします。ウイルスの遺伝情報であるゲノムは、約12.3キロベース（kb）の長さを有する一本鎖RNAとして存在しています。このゲノムRNAには、ウイルスの生存と複製に必要な様々なタンパク質をコードする一つの大きなオープンリーディングフレーム（ORF）が含まれており、その両端にはタンパク質に翻訳されない領域（5'UTRおよび3'UTR）が存在します。ORFからは、最終的に10種類以上のウイルスタンパク質が生成されることが知られています。

ペスチウイルス属と関連ウイルス

ボーダー病ウイルスは、ペスチウイルス属を構成する主要なメンバーの一つです。同じ属には、ウシに下痢や繁殖障害などを引き起こす牛ウイルス性下痢ウイルス（Bovine viral diarrhea virus; BVDV）の1型および2型、そしてブタに致死的な疾病である豚熱（Classical swine fever; CSF）の原因となる豚熱ウイルス（Classical swine fever virus; CSFV）などが含まれます。これらのペスチウイルス属に属するウイルスは、抗原的に共通する部分を持っており、交差反応を示すことがあります。これは、診断法の選択やワクチンの効果などを考える上で重要な点となります。

感染と病態

ボーダー病ウイルスは、ウシ、ヒツジ、ヤギなど、幅広い種類の偶蹄類に感染することが確認されています。中でもヒツジとヤギにおけるボーダー病の発症が特徴的であり、感染した母獣からの垂直感染が病気の伝播において重要な経路となります。妊娠期間中に胎子がこのウイルスに感染すると、その感染時期によって様々な症状や病態が引き起こされます。

妊娠初期に胎子が感染した場合、ウイルスに対する免疫応答が十分に発達していないため、胎子はウイルスを排除することができず、ウイルスを持続的に保有し排出し続ける「免疫寛容」の状態となることがあります。このような持続感染動物（Persistent Infected; PI）は、臨床症状を示さないこともありますが、ウイルスを環境中に排出し続けるため、群内における主要な感染源となります。感染胎子は、流産、死産、あるいは活力の乏しい虚弱子として産まれることがあります。生存して産まれた子羊や子ヤギは、特徴的な被毛の異常（粗剛毛）や震え（振戦）、成長不良、神経症状などを示すことがあり、これらがボーダー病の名前の由来（Border diseaseは英仏国境地帯で最初に確認されたことに由来するという説もあるが、震えの子羊の被毛が粗い様子から「ぼうぼう」に見えるという説もある）にも関連していると言われています。

妊娠後期の胎子感染では、胎子の免疫系が成熟しているため、ウイルスを排除し、免疫を獲得することが多いですが、出生後に一過性の症状を示すこともあります。

分布と日本での状況

ボーダー病ウイルスは、世界中の様々な地域に広く分布しています。特に、ヨーロッパ、アメリカ大陸、オーストラリア、ニュージーランドなど、主要な畜産国でその発生が報告されています。しかし、現在のところ、日本国内におけるボーダー病ウイルスの感染やボーダー病の公式な発生報告はありません。これは、家畜衛生対策や検疫体制の結果と考えられますが、海外からの侵入リスクは常に存在するでしょう。

参考文献

清水悠紀臣ほか. 動物の感染症. 近代出版, 2002年.

本稿は、上記の参考文献等を基に一般的な情報として記述されたものであり、最新の知見や詳細については専門機関にご確認ください。

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