免疫寛容

免疫寛容（めんえきかんよう）

免疫寛容とは、私たちの体が特定の抗原に対して、本来起こるべき免疫応答を示さないか、あるいはその応答が積極的に抑えられている状態を指します。これは、ただ単に免疫系が機能していない「免疫不全」とは異なり、特定の対象に対する応答能力が選択的に制御されている能動的なプロセスです。特に重要なのが、自身の体を構成する成分（自己抗原）に対して免疫反応を起こさない「自己寛容」です。もしこの自己寛容の仕組みが正常に機能しなくなると、免疫系が誤って自身の組織や臓器を攻撃し始め、自己免疫疾患と呼ばれる病気を引き起こします。

自己寛容のメカニズム

免疫系の主役の一つであるT細胞は、私たちの体に侵入する多様な病原体に対抗できるよう、抗原を認識する受容体（TCR）が非常に多様に生成されます。この多様性の生成はランダムに行われるため、中には自身の体を構成する成分（自己抗原）を攻撃してしまう危険な細胞も必然的に含まれてしまいます。このような自己反応性T細胞が野放しになると、深刻な自己免疫疾患を招いてしまいます。そこで、私たちの体には、これらの危険なT細胞を排除または制御する精巧な仕組みが備わっています。

自己寛容は主に二つの段階で確立されます。

1. 中枢性免疫寛容

T細胞は骨髄で生まれ、胸腺で成熟します。胸腺での成熟過程において、T細胞は自己抗原に強く反応するかどうかの選別を受けます。この選別メカニズムは「負の選択」と呼ばれ、胸腺に存在する自己抗原に強く反応するT細胞は、細胞死（アポトーシス）によって積極的に排除されます。

この胸腺での自己抗原提示には、特殊な転写制御因子であるAIRE（Autoimmune Regulator）やFEZF2が重要な役割を果たします。これらの因子は、通常は体の特定の臓器でしか発現しない組織特異的な自己抗原を、例外的に胸腺の細胞（胸腺髄質上皮細胞）にも発現させます。これにより、T細胞は全身のさまざまな自己抗原に胸腺で触れる機会を得て、自己反応性の有無がチェックされるのです。こうして、多くの自己反応性T細胞が胸腺で取り除かれます。

2. 末梢性免疫寛容

しかし、胸腺での選別を完全にすり抜けてしまう自己反応性T細胞も存在します。また、胸腺に存在しない組織特異的な自己抗原に反応するT細胞も除去されません。これらのT細胞が体の末梢組織に出て行った後も、自己を攻撃しないようにする仕組みが「末梢性免疫寛容」です。これは、自己抗原に反応した際に適切な共刺激シグナルが得られないことによる「アネルギー」（応答性の喪失）や、制御性T細胞（Treg）による積極的な抑制など、複数のメカニズムによって実現されます。

特に制御性T細胞（Treg）は、自己抗原に特異的に反応する能力を持ち、同じく自己抗原に反応する他のT細胞（ヘルパーT細胞やエフェクターT細胞）の活性化や増殖を抑制するサイトカインなどを放出します。このように、中枢性と末梢性の免疫寛容機構が連携することで、私たちの体は自身の成分を異物と見なさずに共存することができ、自己免疫疾患の発症を防いでいるのです。

ウイルス感染と免疫寛容

特定のウイルス感染症では、免疫寛容が病気の経過に影響を与えることがあります。例えば、牛ウイルス性下痢ウイルスや豚熱ウイルスなどが胎子期に母体から子へ垂直感染した場合、胎子の免疫系はウイルスを自己の一部と誤認識し、そのウイルスに対する免疫応答を示さない免疫寛容が成立することがあります。このような動物は、生涯にわたってウイルスを排除できず、他の動物への重要な感染源となることがあります。

アレルギーと免疫寛容

私たちが普段口にする食べ物を免疫系が異物と見なさず、過剰な反応を起こさないのも、一種の免疫寛容が働いているからです。しかし、この仕組みが破綻すると、本来無害な飲食物に対して免疫系が過剰に反応し、アレルギー症状を引き起こす食物アレルギーとなります。

このメカニズムを利用した治療法として、「経口トレランス（経口寛容）」の研究や実践が進められています。これは、アレルギーの原因となる抗原を少量ずつ経口摂取することで、その抗原に対する免疫寛容を誘導し、アレルギー症状や自己免疫疾患を抑制しようという試みです。

まとめ

免疫寛容は、免疫系が自身の体を攻撃しないようにするための、また特定の無害な異物（飲食物など）に過剰反応しないようにするための、生命維持に不可欠な重要な機能です。その仕組みの破綻は、自己免疫疾患やアレルギーといった様々な疾患の原因となります。この複雑なメカニズムの理解は、これらの疾患の治療法開発において極めて重要です。

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