ポスト・ケインズ派経済学

ポスト・ケインズ派経済学（Post-Keynesian economics）は、ジョン・メイナード・ケインズの著作『雇用・利子および貨幣の一般理論』に基づき、ミハウ・カレツキやジョーン・ロビンソンなどの理論を取り入れて発展してきた経済学の学派です。この学派は、特に現実の経済問題に焦点を当て、需要の重要性や不確実性の存在を強調します。

歴史的背景

1970年代、先進工業諸国は高度経済成長から停滞期に入ると同時に、スタグフレーションや格差拡大、環境問題といった社会的課題が表面化しました。この現状を受け、ジョーン・ロビンソンは「経済学の第二の危機」を宣言し、新古典派[[経済学]]に対する批判を行いました。彼女はケインズの洞察を再考する必要性を唱え、経済理論の革新を求める若手経済学者が集まり、ポスト・ケインズ派という新しい研究グループが形成されました。

最近では、2007年のサブプライム危機を契機にハイマン・ミンスキーの「金融不安定性仮説」が注目を集め、金融危機に関する理論と実証の研究がポスト・ケインズ派の主要な課題として位置づけられています。さらに、近年では現代貨幣理論（Modern Monetary Theory）も重要な派生理論として浮かび上がっています。

特徴

ポスト・ケインズ派にはいくつかの特徴があり、マルク・ラヴォアはその中でも特に以下の点を挙げています：

1. 現実主義の重視 - 経済理論は実世界の現象に合致するべきで、仮説が現実と一致することが求められます。
2. 全体論的アプローチ - 個別の経済主体の行動を基にした分析を超え、経済全体を一つの有機体として捉え、相互作用に注目します。
3. 限定合理性 - 経済主体の判断は完全に合理的ではなく、限られた情報と認識に基づいて行われるべきだと考えます。
4. 生産と再生産の中心性 - 経済の希少性の問題よりも、生産や成長に関する問題に重点を置きます。
5. 市場メカニズムへの疑問 - 新古典派が政府の介入を支持する一方で、ポスト・ケインズ派は市場の存在そのものを疑問視し、国家による規制や介入が必要とされるとの立場です。

続いて、ポスト・ケインズ派を他の異端派経済学と区別する「本質的特徴」として、有効需要原理と動学的歴史的時間が挙げられます。これにより、経済は需要によって決定され、歴史的時間を考慮する必要があるという視点が強調されます。

三つの系統

ポスト・ケインズ派は一枚岩ではなく、大きく分けて「ケインズ原理主義」、「カレツキ派」、「スラッファ派」の三つのアプローチがあります。

- ケインズ原理主義は、『一般理論』の核心にあるケインズの立場を重視し、不確実性の役割を強調します。特に1980年代以降、彼らはケインズのテキストの原典解釈に力を入れています。
- カレツキ派は、ミハウ・カレツキの理論を基にしており、景気循環や所得分配を重視したアプローチです。特に階級間コンフリクトを中心に据えており、価格形成や経済成長のメカニズムを探求します。
- スラッファ派はピエロ・スラッファの理念に基づき、新古典派の価格理論に対抗する理論の構築を目指しています。彼らは異なる視点からケインズ派と主流派の融合を避けることに努力しています。

ポスト・ケインズ派の経済学者

この学派には多くの著名な経済学者がいます。欧米ではニコラス・カルドア、ミハウ・カレツキ、ピエロ・スラッファなどが知られています。一方、日本では渡辺良夫、鍋島直樹、服部茂幸といった経済学者もその代表的存在です。

ポスト・ケインズ派経済学は社会の変化に対応した多様な視点を提供しており、経済学の視野を広げる重要な役割を果たしています。彼らの理論は、現実の経済問題に対する理解を深める手助けとなるでしょう。

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