ポーツマス・シンフォニア

ポーツマス・シンフォニアの概要

ポーツマス・シンフォニアは、1970年にイギリス南部ポーツマスにある芸術学校で、学生と教師によって創設されたオーケストラです。従来のオーケストラとは一線を画し、その最大の特色は、参加者に音楽経験がないこと、あるいは経験がある場合でも全く演奏したことのない楽器を担当することを条件とした点にあります。

この集団は当初、一度きりのユーモラスなパフォーマンス・アートとして企画されました。しかし、その活動は予想を超えて広がり、約10年間にわたって文化的現象として注目を集めます。活動期間中には数多くのコンサートが開催され、複数のアルバムや1本の映画が制作され、さらにはヒットシングルも生まれました。最後に公演が行われたのは1979年です。

設立の背景と独自の哲学

ポーツマス・シンフォニアの創設者の一人である作曲家ギャヴィン・ブライアーズは、単に高い演奏技術を持つ音楽家を集めたオーケストラを作るのではなく、音楽の本質そのものについて実験を行うことに強い関心を持っていました。彼は最高の技術を持つ奏者を選抜する道を選ばず、「誰でも」才能、能力、経験に関わらず参加できる開かれた場を目指しました。団員に求められたのは、リハーサルへの出席と、演奏において最善を尽くすことのみであり、意図的に下手な演奏をすることは禁じられていました。

最初のレコーディングは、ロッシーニのオペラ『ウィリアム・テル』の序曲でした。これはその年の卒業制作展の招待状代わりとして発表され、シンフォニアの存在を知らしめることになります。

独特の音楽性とレパートリー

シンフォニアの初期のレパートリーは、『美しく青きドナウ』や『ツァラトゥストラはこう語った』といった、広く知られたクラシック音楽のスタンダード曲を中心に選ばれていました。これは、団員のほとんどが曲全体、あるいは少なくとも有名な部分のメロディや雰囲気をある程度把握していることを想定したためです。個々の団員が担当楽器を正確に演奏できない場合でも、彼らは曲のどの部分で音量を上げるべきか、あるいは抑えるべきかといった全体的な流れを察知することができました。その結果として生まれるアンサンブルは、楽譜通りの正確な音だけでなく、その周辺の様々な音が同時に鳴り響き、独特の「音の雲（clouds of sound）」を形成しました。これは、作品全体の印象を抽象的に描き出すような効果を生み出しました。

音楽界からの評価とブライアン・イーノの参加

現代の作曲家や音楽家たちの間では、シンフォニアの生み出す音楽は単なる珍しさとしてではなく、興味深い実験として、またより深い音楽的な意義を持つものとして受け止められました。彼らの音楽に内在するユーモアの側面は、しばしばレコードの宣伝で強調されましたが、それは付加的な要素に過ぎませんでした。

当時まだ無名だった若きブライアン・イーノはシンフォニアに強い関心を持ち、1970年に参加してクラリネットを担当しました。その後、彼はシンフォニアの最初の2枚のアルバムをプロデュースし、その活動を支えました。

主要な活動とヒットシングル

シンフォニアは、作曲家マイケル・パーソンズの招きにより、ロンドンの由緒あるロイヤル・フェスティバル・ホール内のパーセル・ルームで演奏する機会を得ました。1974年にはアルバム『Portsmouth Sinfonia Plays the Popular Classics』がリリースされ、その評判を高めます。特に、1974年5月28日には、ジョン・ファーレーの指揮のもと、ロイヤル・アルバート・ホールでの大規模なコンサートを成功させ、数千枚のチケットが完売しました。

1970年代末から80年代初頭にかけて流行したクラシック曲のポップなメドレーの流れに乗じ、マネージャーであったマーティン・ルイスのプロデュースにより、1981年にはシングル「Classical Muddly」をリリースしました。これはロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の「Hooked on Classics」に触発されたもので、シンフォニア独自のサウンドが際立っています。このシングルは、過去の録音を早回しで編集し、ディスコ調のビート（やや不安定ながら）に同期させたもので、全英シングルチャートでトップ40入りを果たす商業的な成功を収めました。

活動の終焉とインターネット・ミーム化

長年にわたる活動を経て、団員たちの多くは担当楽器に慣れ、演奏技術も向上していきました。これにより、オーケストラ設立当初の「未経験者が集まる」という特異性が薄れていきました。正式な解散宣言はされていませんが、1979年を最後に公での公演は行われなくなりました。

近年、シンフォニアが演奏する『ツァラトゥストラはこう語った』の録音は、インターネット上で「失敗オーケストラ（orchestra fail）」として知られるようになり、特に有名ミュージシャンの言及などをきっかけにYouTubeで再び人気が高まっています。スウェーデンのバンド、ピーター・ビヨーン・アンド・ジョンは、2011年の米国ツアーで、この録音を会場のBGMとして使用するなど、現代においてもそのユニークなサウンドは影響を与え続けています。

ディスコグラフィ（主要アルバム・シングル）

“Hallelujah!” - The Portsmouth Sinfonia at the Royal Albert Hall（1974年）
Portsmouth Sinfonia Plays the Popular Classics（1974年）
20 Classic Rock Classics（1980年）
Dead Parrot Society（1993年） ※コンピレーション
* 「Classical Muddly」/「Hallelujah Chorus」 (1981年) ※全英シングルチャート38位

もう一度検索