ポール・ボイヤー

ポール・デロス・ボイヤー（Paul Delos Boyer）は、1918年 7月31日に生まれ、2018年 6月2日に逝去した、アメリカ合衆国の著名な生化学者です。生命のエネルギー通貨として機能するアデノシン三リン酸（ATP）を生み出す重要な酵素、アデノシン三リン酸合成酵素（ATP合成酵素）の触媒機構に関する画期的な研究で知られ、この業績によって1997年にノーベル化学賞を共同受賞しました。

経歴

ボイヤーはユタ州プロボで育ちました。プロボ高校では生徒会活動や討論会に積極的に参加しました。高等教育はブリガムヤング大学で化学を専攻し、1939年に学士号を取得しました。その後、ウィスコンシン大学マディソン校に進み、生化学の分野で研究を深めました。大学院生時代には、ウィスコンシン卒業生基金からの奨学金を受けています。ウィスコンシンを離れる直前、彼はライダ・ウィッカーと結婚し、生涯を共にしました。二人の間には3人の子供と8人の孫が誕生しました。

1943年にウィスコンシン大学マディソン校で生化学の博士号を取得した後、ボイヤーはカリフォルニア州のスタンフォード大学に移りました。第二次世界大戦中、彼は輸血に不可欠な血清アルブミンの安定化に関する軍事関連研究に従事しました。戦後、彼はミネソタ大学に自身の研究室を構え、独立した研究者としてのキャリアを開始します。ここでは、酵素反応のメカニズムを探るために、動力学、同位体標識、化学的な修飾といった多様な分析手法を統合的に用いる研究スタイルを確立しました。

1955年には権威あるグッゲンハイム・フェローシップを獲得し、スウェーデンのストックホルムで著名なユーゴー・テオレル教授と共にアルコール脱水素酵素の研究を行いました。1956年には、ヒル基金の支援を得てミネソタ大学医学部へ所属を移しています。また、学術界の要職も歴任しました。1959年から60年にかけてアメリカ化学会の会長を務め、1969年から70年にはアメリカ生化学会の会長として学会の発展に貢献しました。

1963年、ボイヤーはカリフォルニア大学ロサンゼルス校（UCLA）の化学および生化学の教授に就任しました。1965年には同校の分子生物学研究所の責任者も兼任し、研究室の運営や大学院教育プログラムの調整にも尽力しました。多忙な職務にもかかわらず、彼の科学的な創造性は衰えることなく、特にATP合成酵素の触媒機構に関する研究は精力的に続けられました。彼は、この酵素がどのようにエネルギーを使ってATPを合成するのかについて、三つの重要な仮説を提唱しました。

1. 獲得されたエネルギーは、ATP分子自体の合成ではなく、酵素の活性部位におけるリン酸基の結合状態を変化させ、生成されたATPが酵素から解放されるのを助けるために使われる。
2. 酵素内に存在する三つの触媒活性部位は、協調的に連続的な構造変化を起こしながら機能する。
3. 酵素の外側にある大きなサブユニット群の構造変化や基質結合性の変化は、酵素の中心にある小さなサブユニットの回転によって引き起こされる。

これらの仮説は、後の研究によって「結合変化機構説」（Binding Change Mechanism）として確立され、ATP合成酵素の働きを理解する上で決定的な貢献となりました。

ボイヤーは研究活動に加え、学術出版にも深く関わりました。1963年から1989年まで、権威ある専門誌「Annual Review of Biochemistry」の編集長または副編集長を務めました。また、長年にわたり生化学分野の標準的シリーズである「The Enzymes」の編集長も兼任しました。1981年にはUCLAの講師に選ばれ、1989年にはアメリカ化学会と分子生物学会が授与するローズ賞を受賞するなど、数多くの栄誉を受けました。

長年の功績を称えられ、彼は複数の大学から名誉博士号や名誉教授の称号を授与されています。これには、1974年のストックホルム大学、1996年のミネソタ大学、1998年のウィスコンシン大学からのものが含まれます。

2018年 6月2日、ボイヤーは99歳でその生涯を閉じました。彼の死去はUCLAによって発表されました。晩年、彼はアルツハイマー病と認知症の研究に貢献するため、自身の脳をUCLAに寄贈するという意志を示していました。

主な受賞歴

- 1955年：ファイザー酵素化学賞
- 1997年：ノーベル化学賞
- 1998年：グレン・T・シーボーグ・メダル

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