マアッラ攻囲戦

マアッラ攻囲戦：十字軍の飢餓と惨劇

1098年、第1回十字軍の遠征中、シリア北西部の都市マアッラ（現在のマアッラト・アン＝ヌウマーン）を舞台に繰り広げられた攻囲戦は、十字軍の歴史の中でも特に悲惨な出来事として記録されています。アンティオキア攻囲戦での勝利後、十字軍はエルサレムへの行軍を一時中断し、マアッラを包囲しました。

背景：補給不足と略奪

アンティオキアでの長期戦を終えた十字軍は、その後の行軍計画を巡って内部で対立していました。補給線を確保することが苦手だった十字軍は、食糧不足に悩まされ、周辺の農村を襲撃して物資を調達していました。1098年7月には、騎士レーモン・ピレ率いる部隊がマアッラを襲撃しましたが、ムスリム軍に撃退され、戦利品を奪われるという失態を犯しました。この経験から、マアッラ市民は十字軍の力を過小評価していました。しかし、11月には、トゥールーズ伯レーモンとタラント公ボエモン率いる本隊がマアッラを包囲し、本格的な攻囲戦が始まりました。

攻囲戦の経過：市民の抵抗と十字軍の苦境

十字軍は当初、マアッラの堅固な守りに苦戦しました。都市民による民兵や住民たちが勇敢に抵抗し、2週間もの間、包囲に耐え抜きました。十字軍は攻城塔を建設し、城壁への侵入を試みる一方で、手薄な箇所にはしごをかけて騎士を送り込みました。12月11日、十字軍はついに城壁の一部を占領しましたが、市内に突入する前に一息つきました。しかし、その夜、貧しい兵士たちが市内に乱入し、略奪を開始しました。翌朝、降伏を申し出た守備兵は、ボエモンから安全を保障されましたが、レーモンの部下たちはこの約束を知らず、虐殺を繰り広げました。指揮系統の混乱が、悲劇をさらに深刻化させました。

指揮系統の混乱と町の破壊

マアッラ陥落後、レーモンとボエモンは都市の支配権を巡って対立しました。その間にも、十字軍は町の城壁を破壊し始めました。兵士たちは、レーモンに対してエルサレムへの早急な行進を強く要求し、事態はさらに混乱しました。最終的に、レーモンは他の諸侯との協議に応じ、翌1099年1月にエルサレムへの行進が再開されることになりました。1月13日には、十字軍がマアッラの家々に火を放ち、町は完全に破壊されました。

人肉食：飢餓が生んだ惨劇

マアッラは十字軍の期待とは異なり、略奪しても十分な食料や物資を得ることができませんでした。冬が近づくにつれ、十字軍兵士たちの飢餓は深刻化しました。年代記作家の記述によれば、レーモンらがエルサレムへの行軍再開を協議している間、飢えに苦しむ兵士たちは、ムスリム市民の死体を食べるという、想像を絶する行為に及んだとされています。

カンのラウルは『ゲスタ・タンクレーディ』の中で、十字軍兵士がマアッラの死体を「調理」して食べたと記しています。
シャルトルのフーシェは『エルサレムへの巡礼者の事績』の中で、十字軍が「狂気じみた飢え」に突き動かされ、人肉を食らったと述べています。
エクスのアルベールも、十字軍が「異教徒の死体」を食べることを余儀なくされたと記しています。

これらの記述は、マアッラ攻囲戦がいかに悲惨な状況であったかを示しています。十字軍の遠征は、宗教的な大義名分を掲げていましたが、その実態は、飢餓と暴力に満ちた残酷なものであったことが、この人肉食という行為によって象徴的に表されています。

マアッラ攻囲戦の意義

マアッラ攻囲戦は、十字軍の暗部を浮き彫りにする出来事でした。十字軍兵士たちの飢餓、略奪、虐殺、そして人肉食という行為は、十字軍の理想とかけ離れた現実を露呈させました。この事件は、ムスリムの間にも衝撃を与え、十字軍への憎悪を深める一因となりました。マアッラでの出来事は、その後も長く語り継がれ、十字軍の歴史における教訓として、後世に伝えられることになりました。


参考文献

Thomas Asbridge, "The First Crusade: A New History", Oxford University Press, 2004.
Claude Lebedel, "Les Croisades, origines et consequences" ISBN 2737341361
アミン・マアルーフ 『アラブが見た十字軍』、ちくま学芸文庫、ISBN 4-480-08615-3
* エリザベス・ハラム編、川成洋ほか訳　『十字軍大全』　東洋書林、2006年 ISBN 4-88721-729-3

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