マオ 誰も知らなかった毛沢東

『マオ 誰も知らなかった毛沢東』（原題：Mao: The Unknown Story）は、ユン・チアンとジョン・ハリデイ夫妻によって2005年から2006年にかけて刊行された毛沢東の伝記です。この書籍は、世界25ヶ国で出版され、欧米ではベストセラー1位を記録、日本語版も17万部を超える売り上げを達成しました。しかし、その内容は専門家から批判も多く、賛否両論が激しくなっています。

概要

著者夫婦は、10年以上の歳月をかけて取材・執筆を行い、ロシアやアルバニアの公文書、毛沢東と接触した数百人へのインタビュー、各地の調査を通じて、新たな毛沢東像を描き出したと主張しています。しかし、矢吹晋のような専門家は、著者夫婦の主張を疑っており、中国での取材を受けた人物の中には、取材の事実を否定する者もいると指摘しています。また、本書の脚注・参考文献リストが長大なものとなったため、日本語版では特設サイトからPDF形式でダウンロードする形式が採用されました。著者は来日インタビューで、中国大陸での出版は「まったくない」と述べており、中国での言論の自由がない現状を暗に示唆しました。

内容

本書は、毛沢東の出生から死までを、当時の社会情勢とともに描いたノンフィクションです。毛沢東を「青年時代に国民党に入党し、共産党に入ってからは卑劣な手を使って党を乗っ取り、アヘンを密売し、長征では軍を壊滅状態に追いやり、抗日戦争にはほとんど参加せず、中国を征服すると7000万人を死に追いやった、自己中心的な良心のない人間」と断定しています。また、従来の通説とは異なる主張も随所に展開しており、「孫文の妻、宋慶齢は共産党のスパイだった」「張作霖爆殺事件はソ連の謀略によるものだった」といった内容も含まれています。著者たちは、毛沢東が幼少期から権力欲に取り憑かれており、その過程で多くの政敵を抹殺したと主張しています。また、長征における毛沢東の決定は、エドガー・スノーの『中国の赤い星』で描かれたような英雄的なものではなく、実際にはスターリンの支援なしでは党内での影響力を得られなかったとしています。さらに、国共内戦中に共産党が支配した地域は、アヘン収入に依存した恐怖政治が行われていたと主張しています。毛沢東は日本軍との戦いを軽視し、党内の反対勢力を排除するため、多くの兵士を犠牲にしたとも記述しています。大躍進政策による大量の餓死者を出したのも、毛沢東の責任であると批判しています。

瀘定橋の横断

本書では、長征中の「瀘定橋の戦い」は実際には存在せず、「英雄的な」横断の話は単なるプロパガンダだったと主張しています。著者は目撃者の証言を引用し、橋が燃えておらず、共産党軍が到着する前に国民党軍が撤退したことを指摘しています。しかし、この主張に対しては、他の目撃者の証言や当時の記録との矛盾も指摘されています。元米国の国家安全保障問題担当大統領補佐官ズビグネフ・ブレジンスキーは、鄧小平が「それは我々のプロパガンダに用いられた方法です」と語ったエピソードを紹介しています。

共産主義者の「スリーパー」

本書では、中国国民党の幹部の中に共産党のスパイがいたと主張しており、その一人として胡宗南という国民革命軍の上級将軍の名前を挙げています。しかし、胡宗南の遺族はこれに反発し、出版を予定していた出版社に抗議した結果、出版は中止されました。また、張治中もスパイだったとする主張も、矢吹晋によって否定されています。

毛沢東政権下の犠牲者数

本書では、毛沢東が「二〇世紀指導者の誰よりも多い七〇〇〇万有余人という数の国民を平時において死に追いやった人物」と断定しています。また、「毛沢東は核兵器による超大国化を達成するためなら中国人民の半分が死ぬことも求めていた」と主張しています。この時代の犠牲者数の推定は様々ですが、本書の推定は最も大きなものの一つです。中国の学者は大躍進政策による飢饉で数千万人の犠牲者が出たことは認めていますが、死者数は曖昧にされています。著者は、この期間に7千万人の犠牲者全体のおよそ半分が出たと主張しています。一方、他の研究者は、より少ない死者数を推定しています。しかし、中国統計年鑑2017年版などから7000万人を超える犠牲者が出たことは事実と捉える研究者もいます。

反響

本書は、世界中で大きな反響を呼び、研究者や解説者からの評価は、賞賛から厳しい批判まで多岐にわたります。台湾では、国民党幹部にスパイが多かったとする記述が問題視され、出版が中止になりました。日本では、現代中国政治研究者から高い評価を受けた一方で、中国研究者からは史実の誤読や情報源の信頼性に疑問を呈する批判も多く出ています。

賞賛

多くの評論家や学者が本書を高く評価しており、毛沢東を「最も忌まわしい20世紀の専制君主」と評したり、「毛沢東が破滅的な統治者であったことを証明した」と述べています。また、この本が中国国内に与えるであろう影響を、アレクサンドル・ソルジェニーツィンの『収容所群島』に例える人もいます。

批判

本書に対する批判は、事実の歪曲や証拠の選別的な利用、客観性の欠如といった点に集中しています。コロンビア大学のアンドリュー・ネーサン教授は、「彼らの発見の多くは確認不可能なソースからのものであり、他は公然とした推論あるいは状況証拠に基づき、いくつかは事実ではない」と批判しました。また、イェール大学のジョナサン・スペンス教授は、「著者の唯一の関心が毛沢東の卑劣さにあった」と批判しています。さらに、シドニー工科大学のデビッド S. G. グッドマン教授は、本書を「陰謀論」と非難し、その情報源と方法論を批判しました。

批判に対する著者の回答

著者たちは、批判に対して、10年の調査を通じて自分たちの結論に達したと反論しています。また、アンドリュー・ネーサンの論評に対して、手紙で反論しています。

日本での取材執筆協力者

日本での取材執筆協力者には、日本共産党関係者や現代中国研究者が含まれています。

本書は、毛沢東の生涯を多角的に描いた作品であり、その内容に対する評価は様々ですが、現代中国史における重要な資料の一つであることは間違いありません。

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