マックス・シュティルナー

マックス・シュティルナー：徹底したエゴイズムの哲学者

マックス・シュティルナー(1806-1856)は、本名ヨハン・カスパー・シュミットとして知られる、19世紀ドイツの哲学者です。青年ヘーゲル派に属し、その極端なエゴイズムを軸とする哲学は、後世の思想に多大な影響を与えました。彼の名は、高校時代に額の形状からつけられたニックネームに由来し、日本語では「スチルネル」や「スティルネル」と表記されることもあります。

青年ヘーゲル派とエゴイズム

シュティルナーは、フィヒテやフォイエルバッハの哲学に影響を受け、独自の哲学体系を構築しました。その核心にあるのは、徹底したエゴイズムです。彼は、いかなる人間的共通性も超克する、交換不可能な「自我」こそが唯一の価値基準だと主張しました。自己が所有し、消費できるものだけが価値を持つという、極めて個人主義的な思想です。

このエゴイズムは、単なる[利己主義]]とは異なります。それは、個人の独自性と自律性を最大限に尊重する立場であり、近代的自由主義の個人主義とも異なる独自の概念です。彼は、近代的な「個人」という概念ではなく、「移ろいゆく自我]」という、より流動的で主体的な「[[自我」を重視していました。シュティルナーが求めるのは、国家や社会といった枠組みに縛られない「唯一者(der Einzige)」としての自由であり、「国民の自由」とは明確に区別されるものです。

マルクス・エンゲルスとの関係

シュティルナーの思想は、同じ青年ヘーゲル派に属したカール・マルクスやフリードリヒ・エンゲルスにも大きな影響を与えました。エンゲルスは「私たちはシュティルナーの到達した地点から出発しなければならない。そしてそれをひっくり返さなければならない」と述べており、シュティルナーの思想を踏まえた上で批判的に検討しています。マルクス・エンゲルスは、『ドイツ・イデオロギー』においてシュティルナーのニヒリズム的傾向を批判していますが、現代の研究では、彼らの批判はシュティルナーの哲学を十分に理解していなかったことによるものだと指摘されています。

アナキズムへの影響

シュティルナーはアナキストを自称していませんでしたが、彼の徹底したエゴイズムは、国家権力やあらゆる権威を否定する立場に立っていました。この思想は、後世の個人主義的アナキズムに大きな影響を与えました。『唯一者とその所有』において、彼は「エゴイストの連合」の可能性を提示しています。これは、個々のエゴイズムが共存・協調する可能性を示唆するものでした。

ニーチェやキェルケゴールとの関連

シュティルナーの思想は、エドゥアルト・フォン・ハルトマンの無意識者の思想や、ニーチェの超人概念にも影響を与えたと言われています。しかし、ニーチェ自身によるシュティルナーへの言及は確認されていません。一方、実存主義の祖であるセーレン・キェルケゴールとほぼ同時期に、「唯一者」としての自我を思考と行動の基礎に据えようとした点で、両者の思想には共通点が見られます。ただし、キェルケゴールの「単独者」の概念は、シュティルナーよりも後に提唱されたものです。

生涯と著作

シュティルナーはバイロイトの楽器職人の子として生まれ、若い頃から優秀な頭脳を示しました。ベルリン大学でヘーゲル哲学を学びますが、母の病気療養のため退学を余儀なくされます。その後、教職に就きながら『唯一者とその所有』を執筆しました。青年ヘーゲル派のメンバーと交流し、自由や政治について議論を交わしました。しかし、自由奔放な生活を送った結果、教職を失い、貧困の中で孤独な生涯を終えました。

彼の主著『唯一者とその所有』は、マルクス・エンゲルスによる激しい批判にもかかわらず、多くの議論を呼び起こし、今日でも個人主義やアナキズム、実存主義といった思想の源泉として重要な位置を占めています。この書は、彼の哲学の核心を端的に示す言葉「Ich hab' mein Sach' auf Nichts gestellt.（私の事柄を、無の上に、私はすえた。）」で締めくくられています。これは、有限な存在であることを自覚しつつ、絶え間なく自己を創造し続ける人間の姿を象徴的に表現していると言えるでしょう。 シュティルナーの著作は、他に『シュティルナーの批評家たち』などがあります。日本語訳も複数存在します。

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