青年ヘーゲル派

青年ヘーゲル派：ヘーゲル哲学の急進的継承者たち

1831年、ドイツ観念論の巨匠ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルが亡くなると、彼の哲学を継承し、独自の発展を遂げようとする様々なグループが形成されました。その中でも特に注目を集めたのが、青年ヘーゲル派です。しばしば「ヘーゲル左派」とも呼ばれる彼らは、ヘーゲルの哲学を政治的・宗教的に急進的に解釈し、既存の秩序に挑む姿勢を示しました。

ヘーゲル学派の分裂：右派、中央派、そして左派

ヘーゲル学派は、ヘーゲル自身存命中から大きな影響力を持っていました。特にベルリン大学では、ヘーゲルの哲学が中心的な位置を占め、多くの弟子たちが彼の思想に惹きつけられていました。1827年から発刊された『学的批判年報』も、ヘーゲル学派の隆盛を支える重要な役割を果たしました。しかし、ヘーゲルの死後、学派内部に亀裂が生じ始めます。

そのきっかけとなったのは、1835年にダーフィト・シュトラウスが発表した『イエスの生涯』です。シュトラウスは、この著作で福音書の歴史的史実性を否定し、キリスト教神話を独自の解釈で再検討しました。この解釈は、当時の神学界のみならず、ヘーゲル学派内部からも激しい批判を招き、学派の分裂を加速させました。

この論争を機に、ヘーゲル学派は大きく三つのグループに分裂します。ヘーゲルの哲学に忠実であり続け、福音書の記述を歴史的事実として受け入れるグループは「老ヘーゲル派」あるいは「ヘーゲル右派」と呼ばれました。一方、シュトラウスのように福音書の解釈に批判的な立場をとったグループが「青年ヘーゲル派」または「ヘーゲル左派」です。この両者の間に位置し、福音書の解釈に関してより穏健な立場をとったグループが「中央派」でした。

青年ヘーゲル派の政治的活動と弾圧

青年ヘーゲル派は、ヘーゲルの哲学を批判的に発展させ、唯物論的な実践哲学へと向かっていきました。彼らは、既存の国家体制や社会制度に対する批判を深め、政治的な活動にも積極的に関与するようになります。1838年には独自の機関紙『ハレ年報』を創刊し、1842年には『ライン新聞』も創刊しましたが、いずれも1843年にはプロイセン政府によって発禁処分を受けました。

政府による弾圧は、大学からの追放といった形で学者たちにも及んでいました。政府は、老ヘーゲリアンであるシェリングをベルリンに招き、青年ヘーゲル派に対抗策をとりました。こうした弾圧や対立の中で、青年ヘーゲル派は次第にまとまりを失い、社会主義、立憲君主主義、無政府主義など、様々な思想へと分裂していきました。1846年には、『学的批判年報』も廃刊となり、青年ヘーゲル派は事実上消滅しました。

青年ヘーゲル派の思想的影響

青年ヘーゲル派の台頭と衰退は、当時のドイツ社会の激動を反映しています。1814年のウィーン体制から1848年革命へと続くこの時代は、封建制社会から自由主義・社会主義へと移行する転換期であり、青年ヘーゲル派の思想は、この時代の変化に大きな影響を与えました。彼らの思想は、マルクス主義や実存主義といった後の哲学思想にも受け継がれ、今もなお現代思想に影響を与え続けています。

主要なメンバーと影響を受けた人物

青年ヘーゲル派の主要メンバーには、ダーフィト・シュトラウス、ルートヴィヒ・フォイエルバッハ、ブルーノ・バウアー、マックス・シュティルナーなどがいます。また、カール・マルクス、セルケゴール、ミハイル・バクーニン、ハインリヒ・ハイネなども、青年ヘーゲル派の思想に影響を受けた重要な人物として挙げられます。

参考文献

石塚正英著『三月前期の急進主義—青年ヘーゲル派と義人同盟に関する社会思想史的研究』　長崎出版　1983年
カール・レーヴィット著『ヘーゲルとヘーゲル左派』　未來社　1985年
良知力・廣松渉編『ヘーゲル左派論叢』全4巻　御茶の水書房　1986, 1987, 2006年
良知力著『ヘーゲル左派と初期マルクス』　岩波書店　1987, 2001年
石塚正英編『ヘーゲル左派—思想・運動・歴史』　法政大学出版局　1992年
石塚正英編『ヘーゲル左派と独仏思想界』　御茶の水書房　1998年
* など多数

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