マラヤ危機:植民地独立とゲリラ戦の12年間
1948年から1960年まで、
マラヤ連邦(現在の
マレーシア)では、
マラヤ共産党(MCP)の軍事部門であるマレー民族解放軍(MNLA)と
イギリス軍、英連邦軍との間で激しい
ゲリラ戦が繰り広げられました。この紛争は、
イギリスによって「マラヤ危機」、MNLA自身は「反英民族解放戦争」とそれぞれ名付けられ、植民地支配からの独立と社会主義経済の樹立を目指す共産主義勢力と、それを阻止しようとする
イギリスとの間で繰り広げられた、12年間にわたる長く複雑な闘争でした。
イギリスが「危機」と呼んだ背景には、ロンドンの保険会社が「内戦」の場合、保険金を支払わないという事情もあったとされています。
勃発の背景と初期のゲリラ活動
第二次世界大戦後、旧日本軍との協力関係が明らかになったMCPの莱特総書記が逃亡し、陳平が後任の総書記に就任。
イギリスはMCPに武装解除を求めましたが、1948年3月、MCPは「革命武闘路線」を採択し、
シンガポールとの衝突を経て、同年6月17日、
イギリスはマラヤ全土に緊急事態を宣言しました。MNLAはジャングルに潜伏し、農村部の華僑コミュニティの支援を得ながら、
イギリス軍への
ゲリラ戦を展開しました。初期においては、準備不足だった
イギリス軍をMNLAは圧倒していました。
ブリッグス・プランとイギリス軍の増強
イギリス軍は劣勢を覆すため、1950年にハロルド・ブリッグス将軍が「ブリッグス・プラン」を立案、実行しました。これは、マラヤの山地に住む住民を新しい村に移住させる計画で、MNLAの補給ルートを断つことを目的としていました。当初、マラヤに駐留していた
イギリス軍は13個の歩兵大隊のみでしたが、
ゲリラ戦の激化に伴い、王立海兵隊、王立アフリカ・ライフル連隊など、英連邦諸国からの増援部隊が投入されました。さらに、
特殊空挺部隊(SAS)が偵察、襲撃、反乱鎮圧を専門とする部隊として再編成され、
オーストラリア、
ニュージーランド、
南ローデシア、
フィジーからも軍隊が招集されました。
戦局の転換とMNLAの衰退
1952年、ジェラルド・テンプラー将軍が赴任すると、2年間の政策でマラヤの自治を進展させ、
ゲリラの支持基盤を弱体化させました。これによりMNLAの規模は1/3にまで縮小されました。一方、MNLAはジャングル奥深くへ追いやられ、セノイ族から食料を奪うなど、支持基盤を失う行動も取ることとなります。
恩赦と終結
1955年9月8日、
マラヤ連邦政府は共産主義者への恩赦を宣言しました。
トゥンク・アブドゥル・ラーマン首相は、MNLAとの直接交渉を避けつつ、降伏した共産主義者を訴追しないと発表しました。しかし、この恩赦は陳平との交渉の過程で、1956年2月8日に撤回され、紛争は再開しました。その後も
ゲリラ勢力は衰退の一途を辿り、1960年7月31日、マラヤ政府は非常事態の終了を宣言しました。陳平はタイ南部を経由して北京へ逃亡しました。
ベトナム戦争との比較
マラヤ危機における
イギリス軍の対応は、ベトナム戦争における
アメリカ軍の対応と幾つかの共通点(枯葉剤の使用、大規模な空爆、サーチ・アンド・デストロイ戦術など)が見られますが、両者には大きな違いがありました。MNLAの規模は8000人を超えることはありませんでしたが、北ベトナム人民軍は25万人以上の兵士と約10万人のベトコン
ゲリラを擁していました。また、MNLAは他の共産主義国からの支援をほとんど得ていなかったのに対し、北ベトナムはソ連、中国、北朝鮮、キューバなどからの強力な支援を受けていました。
イギリスは効果的な情報戦と民心掌握活動を展開しましたが、アメリカはそうした活動が不十分だったと言えるでしょう。さらに、マラヤ危機では華僑が反乱の中心でしたが、マレー人の多くは
イギリスへの忠誠を維持し、治安部隊への入隊も多かったのです。ベトナム戦争では、フランスやアメリカの植民地支配に対する反感が強く、国民感情が大きく異なっていました。
イギリス軍は低強度紛争の経験から、個々の兵士の能力が重要であることを認識していましたが、
アメリカ軍は圧倒的な火力に頼りがちでした。
マラヤ危機は、
イギリスの植民地支配と共産主義勢力の対決、そして
ゲリラ戦の特性を浮き彫りにした歴史的な出来事でした。その経験は、後の
冷戦構造や反乱鎮圧戦略に影響を与えたと言えます。