マリヤ・ユーディナ

マリア・ユーディナ：20世紀ロシアを代表するピアニストの生涯と音楽

マリア・ヴェニアミノヴナ・ユーディナ(1899-1970)は、20世紀ロシアで最も重要なピアニストの一人として知られています。類まれな演奏技術と深い精神性、そして時代の激動の中で生きた波乱の人生は、多くの音楽愛好家を魅了し続けています。

1899年、ロシア帝国ヴィテプスク県（現在のプスコフ州）でユダヤ人の家庭に生まれたユーディナは、幼い頃から音楽への強い関心を抱き、6歳からピアノを学び始めました。1912年にはペトログラード音楽院に入学、アンナ・エシポワら著名な教授陣の下で研鑽を積みます。在学中には、後の巨匠となるドミートリイ・ショスタコーヴィチやヴラディーミル・ソフロニツキーと出会い、共に切磋琢磨しました。1921年に卒業、金メダルを獲得する優秀な成績を収め、その後は母校で教鞭を執り、1923年には教授の地位に就きます。

ユーディナはバッハやベートーヴェンなどの古典作品を卓越した解釈で演奏することで知られていますが、現代音楽にも造詣が深く、ショスタコーヴィチをはじめ、ヒンデミットや新ウィーン楽派の作品にも積極的に取り組みました。特にバッハ作品への造詣は深く、その宗教的な深みを探求し、独自の解釈を展開しました。彼女にとって音楽と宗教は不可分のものであり、ゴルトベルク変奏曲の各変奏に独自のテキストを書き残していることからも、その姿勢が窺えます。

しかし、彼女の生涯は順風満帆ではありませんでした。ユダヤ人であること、公然と正教を信仰したこと、そしてクリューエフやマンデリシュターム夫妻など反体制的な知識人たちを支援したことなどが、彼女の活動に影を落としました。演奏活動や教育活動が禁止されることも度々ありました。しかし、ユーディナは決して屈することなく、独自の音楽活動を続けました。興味深いことに、彼女はスターリンからも高く評価されており、その演奏を聴いたスターリンが涙を流したという逸話も残っています。

ユーディナの演奏は、超絶技巧と並外れた精神性、そして知性と力強さが特徴でした。繊細な表現から力強い表現までを自在に操り、聴衆を圧倒しました。その演奏は、単なる技術の粋を超えた、魂の叫びとも言うべきものでした。

1970年にモスクワで亡くなったユーディナ。彼女の葬儀では、著名なピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテルがラフマニノフの曲を演奏しました。彼女の死後も、その偉大な業績は多くの人々に語り継がれ、1998年から2015年までは「マリア・ユーディナ国際ピアノコンクール」が開催されていました。

ユーディナの音楽は、時代を超えて人々の心に響き続けます。彼女の演奏記録は、現在でも多くの音楽愛好家によって大切に聴かれ、彼女の芸術への情熱と深い精神性は、未来の音楽家たちに大きな影響を与え続けるでしょう。彼女の演奏を聴くことは、20世紀ロシアの激動の時代を生き抜いた、一人の女性の揺るぎない信念と芸術への飽くなき探求に触れることでもあります。その音楽は、単なる娯楽を超え、人間の魂の深淵に触れる、まさに魂の芸術と言えるでしょう。

関連文献

カテリーナ・クラーク／マイケル・ホルクイスト共著（川端香男里／鈴木晶共訳）『ミハイール・バフチーンの世界』せりか書房、1990年
Solomon Volkov, Shostakovich and Stalin: The Extraordinary Relationship Between the Great Composer and the Brutal Dictator, Knopf Doubleday Publishing Group, 2007
Martina Frolova-Walker, Stalin's Music Prize, Yale University Press, 2016
B. Monsaingeon, Sviatoslav Richter. Notebooks and Conversations, Faber & Faber Ltd, 2001

関連人物

アンナ・エシポワ
ドミートリイ・ショスタコーヴィチ
ヴラディーミル・ソフロニツキー
ニコライ・クリューエフ
ボリス・パステルナーク
オシップ・マンデリシュターム
ナジェージダ・マンデリシュターム
ミハイル・バフチン
レフ・ヴィゴツキー
スヴャトスラフ・リヒテル

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