マリンスノー

マリンスノーとは

「マリンスノー」（Marine snow）とは、海洋表層から深海へとゆっくりと沈みゆく、肉眼でも確認できるほどの大きさを持つ様々な粒子の集まりを指します。海中で白い粒子となって漂い、まるで雪が降るかのように見えることからこの名がつけられました。この現象は1952年、日本の研究者である北海道大学の井上直一と鈴木昇が潜水調査中に発見し、「マリンスノー」と名付けた論文を発表したことが語源となり、世界中に広まりました。

構成と形成

マリンスノーの主な構成要素は、死んだ動物や植物プランクトン、原生生物の遺骸、魚類の糞、砂、そしてその他の有機物や無機物です。これらの粒子は非常に壊れやすく、水中では形状を保っていても、捕獲しようとすると容易に崩れてしまいます。粒子は、植物プランクトンやバクテリアが放出する細胞外高分子物質（天然ポリマー）や、サルパ、オタマホヤといった動物プランクトンの分泌する粘液などが非生物的に凝集することで形成されると考えられています。これらの凝集体は次第に大きくなり、直径が数センチメートルに達することもあり、数週間かけて海底へと沈降していきます。

生態系と炭素循環における役割

マリンスノーは、太陽光が届く表層（有光層）で生産されたエネルギーや物質を、光合成が行われない深海（無光層）へと輸送する重要な手段であり、「生物ポンプ」と呼ばれています。特に、深海に生息する生物、とりわけ深海の中深層や底生生態系に暮らす生物にとっては、マリンスノーが主要な食料源となります。沈降するマリンスノーの大部分は、途中で微生物や動物プランクトンによって食べられ、分解されてしまいますが、一部は海底に到達して堆積物の一部となります。

この生物ポンプは、地球規模の炭素循環において極めて重要な役割を担っています。大気中の二酸化炭素は海洋表層に取り込まれ、植物プランクトンによって有機炭素へと変換されます。この有機炭素がマリンスノーとして深海に輸送されることで、炭素は長期間にわたって深海に隔離されることになります。深海に沈んだ炭素は、熱塩循環を通じて数千年かけて再び表層に戻ると考えられており、地球全体の気候システムに影響を与えています。

発生場所と変動

マリンスノーの発生量は、表層での光合成活動や海流など、有光層の活動に強く影響を受けます。そのため、季節によって変動が見られます。一般的に、プランクトンが多く生息する温帯や寒帯の海域、あるいは駿河湾や相模湾のように沿岸部が急激に深くなっている海域（河川や都市からの有機物流入が多い）で多く観察されます。また、植物プランクトンが大量に発生するアオコが発生した際にも、マリンスノーが多く生成され、藻類が表層から消える主要な要因の一つになると考えられています。

凝集体の特性と微生物活動

マリンスノーの凝集体は、単なる有機物の塊ではなく、活発な微生物活動が行われる「ホットスポット」です。周囲の海水に比べて、細菌やシアノバクテリア、真核微生物（ナノ鞭毛虫など）が桁違いに高い密度で生息しており、特に細菌が最も豊富です。これらの微生物は、凝集体上で有機物の分解や栄養循環を活発に行っています。ゴールドマンが提唱した「凝集体の糸車仮説」では、凝集体表面に付着した微生物が急速な養分循環に関与していることが示唆されています。大きな凝集体内部では、酸素が不足し無酸素状態となる場所もあり、脱窒や硫酸塩還元といった嫌気性代謝も起こることが示されています。

凝集体は、海中のごく小さなコロイド粒子が凝集することで形成が始まります。形成された凝集体は、沈降中に動物プランクトンによる摂食などによって断片化されたり、鉱物粒子（ダスト）が含まれることで密度が増し（バラスト効果）、沈降速度が速まったりと、そのダイナミクスは複雑です。また、海中の気泡表面にコロイド粒子が集まって凝集体が形成されることもあります。

今後の展望

マリンスノーは、深海における炭素隔離という観点から、気候変動対策に関連する地球工学の分野でも注目されています。海洋への栄養塩や鉄の施肥によって表層の有機物生産を高め、マリンスノーによる炭素輸送量を増やす研究も行われていますが、持続可能な方法は確立されていません。また、地球温暖化による海水温上昇は海洋の成層化を強め、表層の栄養塩供給を減少させることで、結果的にマリンスノーの生産量を減らし、深海への炭素輸送を弱める可能性が懸念されています。

さらに、マリンスノーの凝集体に生息する微生物群集は、微生物学的に非常に興味深い研究対象です。高圧・極寒といった深海の特殊な環境に適応した未発見の微生物種が存在する可能性があり、生物工学や医学分野で有用な物質が見つかることも期待されています。マリンスノーの研究は、海洋生態系の理解や地球環境問題への取り組みにおいて、今後ますます重要になると考えられます。

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