マルクス主義地理学

マルクス主義地理学とは

マルクス主義地理学は、マルクス主義の唯物史観を基盤とする地理学のアプローチです。資本主義社会における矛盾が、どのように空間的な構造や人々の生活、社会現象として現れるのかを分析します。この分野は、単なる空間的なパターンだけでなく、その背後にある社会的なプロセスや権力関係を明らかにしようとする点が特徴です。

歴史的背景

マルクス主義地理学は、英語圏では1960年代以降に本格的な研究が始まりましたが、ドイツ、フランス、日本ではそれ以前からマルクス主義の影響を受けた地理学研究が行われていました。特に経済地理学の分野でその影響が顕著でした。

1960年代に入ると、社会科学全体にマルクス主義の波が押し寄せ、多くの地理学者もマルクス主義的な視点を取り入れるようになりました。この時期は、計量革命以降の「新しい地理学」に対する批判が高まっていた時期でもあり、アメリカではラディカル地理学が勃興しました。デヴィッド・ハーヴェイは、このラディカル地理学の潮流の中で重要な役割を果たし、マルクス主義地理学の発展に大きく貢献しました。

ハーヴェイは、1969年の『地理学基礎論』でラディカル地理学の潮流に乗り、1973年の『都市と社会的不平等』でマルクスの再読を試みました。1982年の『空間編成の空間理論』では綿密な理論を打ち立て、マルクス主義地理学の理論的基盤を確立しました。ハーヴェイの業績は、アメリカやカナダを中心に多くの研究者を生み出し、1974年には社会主義地理学者連合が設立されるなど、1970年代のラディカル地理学の隆盛を牽引しました。

なお、ラディカル地理学とマルクス主義地理学はしばしば同一視されますが、ラディカル地理学は無政府主義など、より幅広い思想的立場を含むため、両者を完全に同一視することは適切ではありません。

1990年代になると、ポストモダニズムやポスト[[構造主義]]の台頭により、マルクス主義地理学の影響力は一時的に低下しましたが、今日でも重要な地理学の一分野として研究が継続されています。

各国における展開

イギリス

イギリスでは、社会福祉政策が充実していたため、マルクス主義に対する目新しさが薄く、地理学を哲学的に深化させる方向で研究が進められました。多くの研究者が北米の雑誌で論文を発表し、イギリス地理学界ではマルクス主義地理学が主流となることはありませんでした。

イギリスにおけるマルクス主義地理学の展開は、レーニンの影響を受けたナイジェル・スリフトの地誌学研究から始まり、マッシーによる工業立地論批判、ハーヴェイによる都市環境研究へとつながりました。1970年代には工業地域の再編が社会科学全般で注目され、地理学においても重要なテーマとなりました。

フランス

フランスでは、ラディカル地理学の潮流以前からマルクス主義地理学の研究が存在していましたが、イヴ・ラコストが「真のマルクス主義地理学はまだ存在していない」と指摘したように、1976年に『エロドーテ』誌が創刊されても大きな動きとはなりませんでした。しかし、マルクス主義的な問題意識を持つ都市研究は存在していました。竹内啓一は、フランスの人類学がマルクス主義で大きな成果を上げていたにもかかわらず、地理学会が物質的なものに関心を集中し、社会構造への関心を欠いていたため、マルクス主義経済人類学の成果を無視していたと指摘しています。

日本

日本では、戦前から川西正鑑や小原敬士らを中心として、マルクス主義の影響を受けた地理学者が存在していました。戦時中は思想統制のため、ソ連の文献を翻訳する形で研究が進められました。1954年に経済地理学会が設立され、地誌学や立地論と共存しながらマルクス主義に基づく経済地理学の研究が推進されました。アメリカとは異なる独自の発展を遂げましたが、日本における研究もマルクス主義地理学の一部として捉えられています。冷戦終結後の社会主義の崩壊を受けて経済学ではマルクス主義からの転向者が多かったものの、地理学では唯物論的な性格から、転向者は比較的少なかったです。1970年代には地域構造論が登場し、1990年代以降は立地論が批判的に導入されました。

ソ連

ソ連では、マルクス主義地理学が公式に採用されていましたが、実際には社会主義的な経済計画に貢献することが主目的とされ、理論的な実証研究はあまり行われませんでした。

マルクス主義地理学の学説

マルクス主義地理学は、資本主義の矛盾が景観に現れる過程や、社会的な相互関係を研究します。従来の地理学が空間パターンに焦点を当てていたのに対し、マルクス主義地理学は社会的なプロセスを重視します。また、実証主義的な地理学が社会問題を軽視していると批判し、理論と実践の両面から社会的な有効性を問い直すことを目指します。

マルクス主義地理学は、社会の不平等や権力構造を空間的な視点から分析する上で重要なアプローチであり、現代の地理学研究においても重要な位置を占めています。

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